「レイチェル、どう考えてもその心配は無いかと。……ふむ」
絶望する私にダレンは一計を案じてくれたのか、ウルエルド様に目配せをする。すぐさまウルエルド様は、森の神様にとんでもない提案をしたのだった。
それは──。
***
私たちは誰一人欠けることなく、リスティラ侯爵たちのいる屋敷に戻った。そして私の傍には森の神様も一緒いる。その事実に領民たちは驚愕した。
無理もないだろう。今まで崇めていた存在が普通に馬車に乗って、私の隣に居るのだから。
薄緑色の長い髪に、頭に苔や角を生やした整った顔立ちの人外がいれば目に付く。白い聖職衣姿なのもあり、神々しい。
「な、なんと。森の神がレイチェル様に加護を与えると!?」
「正確に言えばレイチェルの隷属」
「契約を結んだのです!」
リスティラ侯爵は驚きつつも、喜んでくれた。ウィティス様が余計なことを言い出す前に私は先手を打つ。
「森の神ウィティス様は人の感情に大きく興味を持っているので、これを機に色々学び交流を図りたいと!」
「素晴らしい! 我らの土地の呪いを解くだけではなく、神との対話まで。なんと……レイチェル様、我がリスティラ領の代表として深い感謝と貴女様への忠誠を誓います」
「我々も誓います!」
「ありがとうございました!」
リスティラ領地に来てまだ一日しか経っていないのだが、早くも侯爵を含めた人たちの好感度が爆上がりしていた。
(よ、よかった……。領民の人たちに怒られることは避けられそう)
「最初からそんな心配は無いのでは?」
「そうだぞ。レイチェル。契約を交わしたのだ。君に不利益なことはない」
(なんでそこだけはダレンとウィティス様の意見が合うの)
危なく契約について色々漏れるところだった。契約といっても様々だ。
対等な形で契約、神前誓約などは破ると罰せられるなどある。その中で奴隷契約ではないが、隷属契約というのがある。ちなみにこの隷属契約は、私の言うことに逆らわないというもので、破ると強制的に罰が下るものなのだが、今回はウルエルド様の力で契約を少々いじった。
私のためになることをしたら、小槌で頭を軽く叩くというものだ。ちなみに小槌はヤドリギを使って作った武器の一つで、感情を相手に届けると言う特性を持っている。私が使っている武器は感情の大きさによって威力が発揮される物に対して、この小槌は感情を増幅して相手に響かせることに特化しているという。
感情の起伏や気持ちが分からないという森の神ウィティス様にとって、打ってつけの武器ではある。
コツンと触れる程度で問題ないらしいので、物理的にも私の精神的にもとても良い物だ。できれば隷属契約を神様としたくはなかったけれど、これが今考えられる最善策だったので、採用することにした。
その日はウィティス様が屋敷に泊まると言うことで、宴会は大いに盛り上がった。明日からはリスティラ領地復興に向けての打ち合わせをしつつ、午後はダレンと湖デートとやることが盛りだくさんだ。
ホクホクな気持ちで部屋に戻ったのだが──。
「私のレイチェルが、あんな神と契約なんて……!」
「ダレン。……私が妙案を思いつかなかったせいで、嫌な思いをさせてごめんなさい」
私を抱き上げて独り占めアピールをするダレンは、肉体的には問題ないが精神的に大ダメージを負っている。神様に勝てなかったこと、私を守り切れなかったこと、神様との契約。私がダレン以外と契約をするのは二人目だという事実が辛い、あるいは許せないのだろう。
(メンタルケアが必要ね。今日はダレンと沢山話す時間をとるようにしましょう。まずはお茶を淹れながら……)
「レイチェル」
「ひゃ」
「……結界を三重にしていたのに」
「あの程度の結界など神にとってはないものと同じだ」
「…………殺す」
(殺伐とした空気!)
ダレンの殺気立つのを止めつつ、ウィティス様はソファを勧めた。
「契約した以上、できるだけ一緒に居たい。構わないだろう」
「は?」
「ええっとですね……」
ダレンは目が笑っておらず、瞳孔が開いていていつも以上に怖い。ウィティス様は恋愛的な意味合いなどないのだが、外見的に誤解を生みそうだ。
「ウィティス様は、大人で長生きをしていますが、人の感情や機微に関してはまだまだ未熟で幼いです。ですので、その年齢にあった姿になってみませんか?」
「……そうすれば、人の感情をより理解しやすい?」
「おそらくは。幼子の姿ですと周りの反応も変わると思うのです」
大人の姿よりも、子どものほうが接しやすいだろうし器が幼くなれば、多感さも敏感になるのではないかと思ったのだ。私の提案にウィティス様は五歳ぐらいの子どもに姿を変えた。
「視界が……ずいぶんと違う」
「それが子どもの視界です。そして人の子どもはとてもいろんなことに敏感なのですよ」
そういって、抱き上げてみた。小さくて幼い。庇護欲をそそられる愛くるしい姿に、ちょっと微笑ましく思ってしまった。ウィティス様は私の行動に少し驚くも、抱き上げられた温もりに目を輝かせる。
「なんだろう……とても温かい。心が……ポカポカするような?」
「人の心臓の音を聞くととても落ち着くのですよ」
「レイチェル、それは浮気」
「違います」
ダレンの剣呑な空気を何とかするため、以前カノン様にいただいた本を見せたのだけれど反応はあまり良くなかった。今は花瓶の花ビラを一枚一枚むしりながら花占いをしている。完全にいじけてしまっているので、早めにフォローが必要そうだ。