「ウィティス様、私とダレンは婚約者であり恋人同士なのです。特別な関係で、大切な人と一緒に時間は邪魔されたくないのは分かりますか?」
「ヴィーと一緒の時間を魔物に邪魔されたことがあった。……あれは嫌な気持ちだった。あれと同じようなものか?」
「そうです。分かってくれて嬉しいです」
ウィティス様は基本的に顔の表情などに変化はない。けれど眉が微かに、へにょりと下がったような気がする。
「……レイチェルと離れると、ヴィーの時のようにそわそわする。離れたくない……一緒にいる気持ちが強くなる。この気持ちは……?」
「それは『寂しい』というものかもしれませんね」
「……これが?」
ウィティス様は小さな手を胸に当てて、自分に芽吹いた感情を実感する。私はあることを考えて、疲労回復用の飴玉の袋をウィティス様に渡した。
「ウィティス様。この飴を屋敷の人たちの渡してきてみてください」
「そうすると、レイチェル以外でも感情が動くかもしれないのか?」
こういう感じの察しは良いらしい。そして知的好奇心が旺盛のようだ。
「せっかくなので、色々と試してみましょう。以前とは違い、今のウィティス様は親しみやすい姿ですし」
「大人と視覚的に違いがあるだけだと思っていたが」
「見た目の印象というのも大事なのですよ」
そう言ってウィティス様を送り出した。たぶん一時間ぐらいはかかるはず。その間にダレンと話を──。
そう思って振り返ると、ダレンは見たことのない多重結界の魔法陣を作り上げているところだった。
「ふふふっ、これならそう簡単に部屋に入れませんよ」
(ダレン!??)
少し目を離しただけで、ダレンのヤンデレと拗らせ具合が進行していた。しかも瞳孔が開いていてちょっと怖い。
「だ、ダレン?」
「私もまだまだ甘かったようです。……私とレイチェルの時間を邪魔するような存在が、ここに来て現れるなど……! フフフッ」
(ダレンがヤンデレと言うよりも闇堕ちしつつある!)
術式をかき終えたダレンに抱きつく。本当にこの人は、困った人なのだからと思いながらも口元が緩んだ。
「ダレンとの時間が作れなくてごめんなさい」
「レイチェルのせいではないでしょう。あの忌々しい神のせいです」
ダレンは私を抱きしめ返す。指先は震えているし、目も潤んでいる。
「レイチェルは神の花嫁にはならないで、私の妻になるのでしょう?」
「はい、そうですよ。夫婦になるのならダレンがいい。ダレンでないと嫌です」
その言葉に、ダレンの不安が薄れたのかホッと胸をなで下ろしたようだ。急に自分よりも格上の存在が出てきて、自分の大切な者を横からかっ攫われるかもしれないと思ったら怖くもなるし、警戒もするだろう。
それでも私の立場や状況を理解して、ギリギリまで自分の欲を堪えてくれたダレンが愛おしくて堪らない。他の人外は普通、他者のことなど考えない。それぞれに事情があることなど無視して自分の欲望を優先するのだ。
「レイチェル?」
「ふふっ、ダレンが凄く好きだって、実感したのです。それにいつも守って貰ってばかりだったから、ダレンを、大好きな人を守れて、嬉しかったのですよ」
「……レイチェル」
ダレンは私の頭を優しく撫でる。その手が温かくて心地よい。
「ええ。とても素晴らしかったです。……《魔導書の怪物》を守ろうと、本気で思う人など貴女とカノン殿ぐらいですよ」
「ふふっ、二人目で嬉しいです」
ダレンと私が話をするとだいたい、カノン様の名前が出てきた。それはカノン様の功績が素晴らしかったのもあるが、私たちの中でカノン様はいつだって見守っていて、すぐ傍に居ると思っている。
アカシックレコードを通して見ているとしたら、頑張っているとお伝えしたい。そしていつかダレンと一緒にアカシックレコードに到達したら、カノン様に沢山褒めて貰うのだ。
頑張りましたよ、と。
ダレンは額、頬、唇にキスをする。私も同じく彼にキスをする。そうやって愛し愛され、言葉を重ねることで、新しい一面を見つけるのだ。
ダレンの場合は気をつけないと、周囲への被害が恐ろしいことになると改めて実感した。それにダレンが誰かに負ける姿を見て、彼が万能ではないことに少しホッしている。
いつだってダレンに守られて、助けて貰ってきた。だからこそ彼を守る状況に陥ることがあるとは、あまり思っていなかった。それこそカノン様がいる時までは考えもしなかった。
けれど完全無欠に思えたカノン様が居なくなったことで、ダレンだっていつか、何かの切っ掛けで居なくなってしまう可能性があると、当たり前なことに気付いたのだ。
当たり前だ。
私たちは王位継承権争いの真っ只中にいる。そんな当たり前のことを失念していた。それはカノン様とダレンが、あまりにも見事に様々な問題などを解決してしまうから。
油断、慢心していた。
だからカノン様を失ったのだ。
今もカノン様が失った胸の傷は完全に癒えてはいない。それだけ大事な人だったのだから。失って沢山のことを知ることができたし、視野が広がった。
そして今、神様とまで契約したのだから、きっとカノン様に話したら驚かれるだろう。
「ふふっ、神様の契約にカノン様もきっと驚かれますよね」
「どうでしょう。あの方もある種、女神となっていましたし」
「そうでした」
お互いに笑い、明日の午後のデートの話で盛り上がった。婚前旅行にダレンがウキウキしていたので、パンフレットなど用意していたのを見せたら目を輝かせてくれた。
(カノン様から『旅のしおり』のことを教えて貰ってよかったわ)
「これが恋愛小説、主に学園もので見る『しおり』なのですね」
「はい」
二人でまた恋愛小説の話題で盛り上がり、その日は少し遅くまで話して──就寝。
その翌日に修羅場が待っていることなど、この時の私はまったく知らなかった。