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第88話 神様の存在


 翌日は会議が終わったらダレンとデートだと、ウキウキしながら目を覚ました。するとダレンに抱きしめられて眠っていたので、安堵しつつもうちょっとだけ眠ろうとしたところで、ウィティス様の薄緑色の髪がふわふわと浮かんでいるのが視界に入った。


「ふぁ!?」


 慌てて飛び起きると、私の背中近くに子ども姿のウィティス様が眠っていた。あ、神様も眠るのね、と暢気なことを考えていたが、すぐにそれどころではないと気付く。


「ウィティス様、どうやって……」

「んー、ん。レイチェル。おはよう。飴とは凄いのだな、みながお礼を口にしてきた。いろんな者と話がほわほわした」

「それはよかったです」

「……レイチェル、おはようございます」

「だ、ダレン、おはよう」


 寝ぼけたままのダレンの声にドキリとする。この場合は傍にウィティス様がいるから余計に心臓に悪い。ここは空気を読んでほしいのだが、神様はそんなことお構いなしだ。


「シリルというあの騎士は有能だな。いろんなことを夜通し教えてくれた」

(シリル! 限界までいろいろ頑張ってくれたのね! ありがとう! 今回の報酬は少し色を付けてあげよう)


 そうシリルの好感度が爆上がりしている中、背後から暗く静かに怒っているオーラがヒシヒシと伝わってくる。振り向かなくてもわかる。ダレンだ。


「なぜ、神が寝室に? プライベートまで覗き込むなど配慮が足りないのでは?」

「私はレイチェルと個人契約を結んでいるのだ。その傍に居て何が悪い? レイチェルも私が傍に居て良いと言ったぞ」

「いえ、言っていませんよ?」


 ハッキリと答えるとウィティス様はちょっと凹んでいたが、プライベートは大事なことだと説明し、距離や相手を思い合う気持ちもないと、極端かもしれないがヴァイオレット様のような悲劇が起こってしまう可能性があると話した。


「一方通行……私だけでは、周囲に迷惑がかかる?」

「そうです。特別な力や立場の人は、些細な行動で周囲に与える影響力は甚大なのです」

「……ヴィーに会いたかっただけなのに、邪魔されたように?」

「そうですね。政治的背景もありますが、色んな人の思惑があります。神様だと信奉者が勝手な解釈をして動くこともあり、そういった信仰凶徒の暴走により、神様の加護や存在を歪めた記録もあります。力を持つ者はその力に見合った振る舞いも必要かと、歴史書などにも書かれています」


 いそいそとお勧めの本を出してみた。フィリップ・A・スミスティ作の『深淵の歴史』などはかなりお勧めだ。


「レイチェル」

「ひゃう?」


 私を抱き寄せたダレンの片手には、ベアス・ヴィアル作、『神々の足跡』を差し出している。


「レイチェルの差し出した『深淵の歴史』も悪くはありませんが、初心者ならば『神々の足跡』から読む方が良いでしょう。あるいは絵本からのほうが良いでしょうか」

「……絵本、馬鹿にされている気が」

「そんなことないです」

「そんなことない」


 私とダレンの本の対する情熱に、さすがの神様も若干引いていた。いや驚いていたのほうが正しいだろう。

 どこの世界に神様に本を薦める者がいるか。ここにいたわ。


「……そ、そうか」

「そうです。絵本は教訓めいたものを分かりやすく、読み解いたもので特に初心者向けにお勧めですわ」

「レイチェルの言うとおり、神話や歴史などの書物は、作者の性格も出ることによって書き方や心象もことなる。しかし絵本は目的がそれとは異なるので実に入り口としては素晴らしい。何より挿絵には象徴なども入っていまして、これが解釈的に面白い」

「象徴図鑑は読み応えがありました『葡萄は神々の血を象徴している』など『コルヌコピア』も」

「さすが『豊穣の角』に興味を持つとは。象徴図鑑は国や地域によって意味合いも異なるので集めるのに苦労しましたが、その価値はありましたね」

「…………図鑑」

「はい。とっても読み応えがあって面白いのです」

「読む価値はありますね」

「…………そうか」


 私とダレンのお勧め本の紹介はその後、マーサが来るまで続いた。私とダレンの本好きの圧が功を奏したのか、それ以降マーサやシリルの傍に居ることが増えて、私たちにちょっかいをかけることが減った。

 ダレンは「邪魔者を排除するのに本が役に立つなんて」と、ちょっと驚いていたのは内緒だ。



 ***



 午前中の会議はサクッと終わってしまった。というよりウィティス様が現れたことで、お祭り騒ぎとなり、急遽領地を上げての祭りに切り替わったのだ。


(神様がいるだけで、傷が癒えるとか病が治癒するって……それは崇められて、祀られるわけです。改めて神様って凄いのですね)


 呪いとは異なり、疫病の脅威が神の加護によって弱まった。改めて神々の力が奇跡と呼ばれるだけの意味があるのだと知る。ウィティス様はお祭り騒ぎに「これが私の存在による影響力」と少し考え込んでいたが、純粋に喜び感謝を伝えてくる領民たちへの反応は悪くなかった。


 ウィティス様は、話を聞くに人と接することを極端に持たなかった神様だ。だからこそコミュニケーションがもの凄く高かったヴァイオレット様と最初に出会って、心地よさを覚えたことが始まりだったのだろう。ただ周りはヴァイオレット様ほど、ウィティス様の機微や心を慮る人ばかりではなかった。

 時代や巡り合わせなどもあるのだろう。


(私だって、ダレンとの出会いが今の時代でなければ……きっと違っていたのでしょうね)

「レイチェル?」


 今日はデートと言うことで、侯爵家次男のエドウィン様としての姿で会議に参加していた。すでに屋敷内では祭りの準備でバタバタしているので、私たちは手持ち無沙汰だったりする。

 若干放置気味だったのを見かねたリスティラ侯爵は、私とエドウィン様に書庫の閲覧許可をしてくださった。


 貴族のそれも領地によって、書庫の知識は貴重なものだ。それの閲覧許可を出してくれた侯爵様に私もエドウィン様も心から感謝した。今回の呪いの解呪や、ウィティス様とのわだかまりなどに貢献したことが大きいのだろう。

 私とエドウィン様は有り難く本を読ませて貰った。

 その結果、午後の湖デートが潰れたのはいうまでもない。こういう時、カノン様がいないとこうなるのだと、私たちは猛省するのだった。


(やっぱりカノン様は、偉大でしたわ)


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