私は、この世界とよく似た別世界の夢を見ることがある。その世界は誰も彼もが暗い顔をして、死んでいく絶望的な悪夢。
次々と疫病に罹って死んでいく。あるいは魔物の襲撃で街が殲滅。どちらにしても私たち貧民街の人間から死んでいく。その事実は変わらない。
両親が馬車に轢かれてから、私はカエルム領地の貧民街で生きてきた。貧富の差が酷くて、商店街を歩く人たちはキラキラしていて、別世界だった。
あの方がこの領地を治めるまでは。
第五王女レイチェル・グレン・シンフィールド様。あの方が訪れてから、世界が一変した。貧民街の人たちにも戸籍を与えて、住む場所と職をくださった。それだけじゃない。音楽という自由。身分など関係なく、誰でも音楽を楽しむことができる。
私はカフェの店員として、住み込みで働かせて貰っている。名前もレインと改めて登録の際に決めて貰えた。
働いたら、働いた分だけお金が貰えて、休みもしっかりくださる。元貧民街の人間であっても、差別などされない。一度してきた人たちがいるけれど、レイチェル様の定めた領地内の法によって街の騎士団たちに捕縛されていた。
侮辱罪、恐喝なども立派な犯罪になるということで、この領地での治安はかなり良くなったと思う。
そういえば夢を見たとき、レイチェル様をお見かけした気がする。夢の中であの方はいつだって諦めていなかった。疫病の時も、魔物の襲撃にも。
あの方は逃げずに、指揮官として諦めていなかった。そんな姿を見て、あの方はとても素晴らしい人なのだと改めて思った。
音楽の神々に挑んだ時に、初めて間近で見たけれど、女神様のような美しい人だった。温かくて、優しくて、なんというか応援したくなる。そんな人。
差し入れで飲み物をオーナーから言われて持っていた時も、私にお礼を言ってくださった。そして「お仕事頑張ってください」と声をかけてくれたのだ。
幸せだった。
自分が生きていて、こんなに充実したことなんてなかった。同じ貧民街の人たちも、生きる意味を失って暗かったのが嘘のよう。一人は音楽家として活動して、もう一人は騎士になると話していた。平民が騎士になるなんて夢のまた夢だって思っていたのに、この領地では実力ややる気のある人たちをサポートしてくれる役所がある。
支援金や援助、相談もちゃんと載ってくれているのだ。身分で選ばない。
そんなカエルム領地がいつの間にか大好きになった。いつしかそんなカエルム領地のために、何かしたいと思うようになっていた。
いつかレイチェル様の役に立ちたい。
そう思って、旅行ツアーのモニタニングに応募することに。初めての王都観光。楽しみだった。本当に。
***
「一緒に参加するセイレンと申します」
「私はレインです。カフェの店員でして、王都カフェの市場調査を頼まれました」
「それは素晴らしいですね」
白銀の長い髪の美丈夫は、質素な服装なのにどう見ても貴族様にしか見えない。他の参加者も王都の空気を知りたいだとか、商業に活かしたいなど結構仕事目的も多い。けれど皆、同じツアー仲間として、行きの馬車では自己紹介もそれぞれして、和気あいあいした雰囲気だった。
料理人のメメさんは雇い主が婚前旅行中らしく、王都での料理を食べ歩きするためだとか。とある貴族の従者をしているアルトさんは元々王都出身だとかで友人に会いに、レイチェル様の曲を演奏していた音楽家のレガートさんは観光。デザイナーのオーナのモニカさんは、王都支店の様子を見たいと言っていた。
セイレン様──この方はどう考えても貴族だと思われるので、心の中で【様】をつけている。実業家らしく、王都は観光と言っているけれど絶対に施設的な物だと思う。
私はカエルム領地しか知らないので、王都の華美な建造物や流行ファッション、スイーツなど楽しみだと思わず話してしまった。
(あ、田舎者──貧民街出身だってバレたら嫌な顔されるかも? もう親切に話しかけて貰えない?)
気を抜いたと焦ったが、他の人たちは王都に仕事などで行くこともあるからと、お勧めを教えてくれた。馬鹿にもせず、むしろ親切にしてくれて、ちょっと泣きそうになった。
(優しい人ばかりで凄く嬉しい。こんな良い人たちと一緒にツアーができるなんて、恵まれているなぁ)
そんなことを思いつつ王都に着いてみると、人々に笑顔はなく、人通りも少なかった。
「王都って、もっと賑わっていると思ったのですが……」
「ええ、私も仕事で王都に足を運んだことがありますが……ここまで閑散としているのは珍しいです」
「何かあったのかもしれない。俺は商業ギルドに伝手があるから、寄って情報を集めてみる」
「僕は友人に聞いてみましょう」
「じゃあ、私は王都にある店舗に行ってみるわ」
私とセイレン様は、ツアー責任者と一緒に教会観光をすることに。このツアーの時間管理は自由参加なので教会観光の間、別の予定を組むことも許可されている。事前申請が必要らしいが。
教会は絢爛豪華な建物で歴史が感じられたが、参拝者ではなく体調が悪そうな人たちが行列を作っているのが気になった。
(カエルム領地では行列を作らせずに、控え室を作っているし、あまりにも患者が多いと病気のレベルによって連絡通知札を渡して一時帰宅するように促しているのに……)
王都ではなんだか患者に対して、雑な扱いをしているイメージが強い。そして馬車で後から来た貴族風な人たちが列に並ばずに、建物の中に入っていくのもなんだか気分が悪かった。
少しモヤモヤしたが、念願の王都カフェでのスイーツを堪能できたのは良かった。どれもこれも美味しくて、彩りなども素晴らしい。
個室だったこともあり、周囲の視線を気にせずに食べられたことも大きいと想う。なにせ綺麗に着飾った貴族令嬢と比べて私たちは質素だったので、悪目立ちをしていたのもある。
(あとセイレン様がどう見ても、貴族様の振る舞いをしていたからもあると思う)
それでも五、六人の団体だったので、私に向けられる視線はさほど鋭くはなかったと思う。たぶん。一日目のホテルはとてもよかったが、ただ水回りやトイレやお風呂関係はかなり酷かった。匂いとか黴の部分も。
(お部屋は凄く素敵なのに……!)
ホテルのレベルはそれなりに高いけれど、水回りは下水道工事などが行われていないことを含めて、カエルム領地のほうが普通の家々など、かなりしっかりしている。それもこれもレイチェル様の発案してくださった事業と、スライムテイマーのおかげだ。「脆弱なスライムしか使役できない」と嘆いていたテイマーの友達が、今や毎日仕事にありつけて、「兄弟たちと一緒に住む一軒家を買う」と新しい夢を語っていたのも記憶に新しい。
(王都に来て、総合的にカエルム領地のほうが色々進んでいる気がする。あと物価とかも! 王都高い! お土産が高い!)
お給料で貯めたお金がお土産を買ったら消えてしまう。これじゃあ、大家さんやオーナーさんに買っていく分を考えると、自分の分は望めない。
そんな暢気なことを考えるほど、ツアーはとても楽しくて、食事に関してはさすが王都という感じだった。
ただ、この時既に王都には魔の手が迫っていることを、私は気付いていなかった。