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第90話 名も無き少女の視点2

 ツアーは二泊三日。そして馬車移動でさらに四日の旅だった。初めてカエルム領地を出る人が多く、憧れの王都観光を楽しんだ。


 慣れない環境、あるいは衛生環境が悪かったせいか、ツアー中に体調不良になる人たちが増えた。私やアルトさん、デザイナーのモニカさんは風邪に似た症状が出てしまい、ツアー中は部屋で寝て過ごした。それでも体調が一向に改善せずに、ツアー責任者は教会に掛け合って治癒魔法をかけて貰うよう手配をしてくれた。

 でも──。


「第二王女レジーナであり聖女の私が、皆様方の疫病を治してあげますわ!」


 王都では疫病が蔓延していて、運悪く私はその病に罹ってしまった。ツアー責任者が私たちを教会に連れて行ってくれたのだが、教会では第二王女レジーナ様が演説を行い、寄付の額が多い人から治癒をすると説明したのだ。


(え、重症患者からではなく、寄付額から?)


 その事実に愕然とし、またそれがレイチェル様の姉君が行っていると言うことに衝撃を受けた。カエルム領地では基本的に治療は無料で、特別な病でも医療料の負担は年齢や身分にあった金額にしてある。薬だって平民が手に入りやすい価格に設定してあった。


(王都は医療技術や文化が最高峰って言っていたけれど、そんなの嘘っぱちだわ)

「ここまで酷い環境とは……」


 セイレン様は聖女と呼ばれているレジーナ様を睨んで、憤っていた。確かに聖女というには、即物的な感じが強い。聖女というのならレイチェル様がふさわしいと、頭が回らない私でも思ってしまうほど、お二人のあり方は全く違った。


 ツアー責任者──おそらく貴族様は、すぐさまカエルム領地に連絡を取り、急いで帰還する運びとなった。驚いたことに王侯貴族しか使わない転移術式の執行許可と、迎え入れもできているという。

 あとで分かったことだが、このツアー運営はグレース子爵家が取り組んでいたという。私は貴族のことはよく分からないが、レイチェル様を昔から支えてきた貴族だと聞いてなんだか安心してしまった。


(そういえば、いざという時の緊急マニュアル対応は月一でしていた……)


 いざという時を予測して、領民の命を優先する。そして疫病や病は一時的に病棟の隔離をすることはあるが、あくまで完治までの期間であり、不当な扱いではなく適切な環境を整えているというのも知らせてあった。事前にその病棟の説明をしていたこと、教会側で定期的に管理していることなどを思い出す。


(そっか。あの悪夢を実際に味わうことはないんだ……)


 レイチェル様の偉大さを噛みしめながら、きっと大丈夫だと思ったことで緊張の糸が切れてしまい──私の記憶はそこで途切れた。



 ***



 次に気付くと、病棟の天上が見えた。清潔感のある石鹸の匂いに、寝心地のよいベッド。傍には下宿屋の大家さんが心配そうに私を見ている。


「ああ、目が覚めたようだね! よかったよ」

「大家さん?」

「王都で疫病を貰ってしまったんだろう? せっかくのツアーで言ったのに災難だったねぇ」


 そう言って心配してくれた。まさかお見舞いに誰かが来てくれているとは思わず、周りを見渡すと、大部屋にツアー客の何人かがベッドで眠っていた。皆顔色は良い。


(あの夢とは違う……)

「病気も治って経過観察だから、アタシのような見舞い人が入れているのさ」

「あ、ありがとうございます」

「ん。あと数日様子を見て、問題なければ退院だとか」

「そうですか。……って、カエルム領地では、疫病は!? 魔物の襲撃は?」

「王都でよっぽど怖い目に遭ったんだね。安心おし。カエルム領地での疫病は初期症状の段階で、すぐさま隔離病棟で静養して貰ってすぐに完治したってよ。これもセイレン枢機卿とレイチェル様の準備おかげだわ」

「え」


 悪夢のような出来事は起きず、いや恐らく起きる前に問題を潰してしまったのだろう。なにより、一緒に観光していたセイレン様が、カエルム領地の教会管理を行っている枢機卿だと初めて知って驚愕した。


(私が何度も繰り返し見た夢を誰かが同じように見て、対策を立てるようにレイチェル様に伝えたとしたら? もしかしてセイエン枢機卿はツアーに参加しつつも、王都の状況確認を?)


 そう考えるとレイチェル様の傍に、悪夢を見続けた人がいたのかもしれない。そう思うと、形容しがたい気持ちになる。同じ悪夢を見たという共通点、私独りだけじゃなかったこと、

 ただ魔物の襲撃はちょっと怖かったので、様子を見に来たセイレン様にちょっと相談した。それがまさかレイチェル様と謁見することになるなんて、この世の中どうなるかわからないものだ。


(でもレイチェル様の役に立てるのなら……!)


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