音楽コンテスト兼バザーは、三日目も大盛況で終わった。王都からの客も多く、有益な情報に
これも全てはレイチェル様と、共同経営を行っているからこその利益。
(正直、ここまでの成果を出されるとは思っていなかった。これは非常に嬉しい誤算です)
女神カノン様が姿を消された時は、レイチェル様の心が折れるかと心配したが、杞憂に終わった。何らかのゴタゴタはあったのだろうが、それでも身内だけで治めたのは驚嘆に値する。
(はぁ。できることなら、レイチェル様と新しい商品開発のことを相談したかった。……特に貝殻を砕いて作った石鹸。あの力自慢大会などのは一見すると、パフォーマンスとしてのイベントでしかない。しかし実際は貝殻を砕くことが本来の目的で、その付属としてコンテストを行っていた。能力に特化した人材を集めるためにもあのイベントごとは素晴らしい提案でしたが……。石鹸との出会いが全てを変えた。香り付き、形、泡立ち……庶民用から貴族向けまでここまでバリエーションがあるとは……)
特に香り付きの石鹸は貴婦人が好み、泡立ちやふんわり感、なにより肌つやもキープするのだから素晴らしい。次はどのような香りの石鹸を提案してくれるのか、毎月の楽しみになっていた。
そんな楽しい時間を奪いかねない、疫病の発生。いや兆しだろうか。王都で風に近い症状の患者が増えてきた、と支援要請が出ていた。王都から来た四十代前後の司祭に対して、笑顔で迎え出る。
「疫病の兆候がありまして……薬と石鹸、それから」
「構いませんがその場合、カエルム領教会とレイチェル様による支援であることの公表及び、ロゴ入りの袋を処方した方々にお渡しすることが条件となります。それらは問題ないでしょうか?」
「も、もちろんです!」
飛び上がるほど喜ぶ司祭に、いつもの条件を提示する。
「ではこちらに誓約書を。万が一、条件を満たさなかった場合は正規料金の倍の金額及び、天罰が下りますが問題ないですね」
「ちょ、ちょっとお待ちください! そのようなものを」
「当然でしょう。ただ同然でお譲りするのですから、こちらにもメリットがなければ」
「し、しかし、こういうときは持ちつ持たれつと」
「それはする側が言う言葉であって、未だ何も益を齎さない相手に慈悲などあるとお思いですか? 残念ながら信用というのは、積み重ねていくしかないのです。現在、王都の教会支部に恩などありませんので、むしろ破格の対応かと。それとも適正価格で購入されますか? どちらでも構いませんが」
「ぐっ……」
ニッコリと微笑んだ。教会だけの事業では、こうも強気で返答はできなかっただろう。しかし共同事業ともなれば別だ。
教会側だけの利益ではなく、当然共同事業主の利益が求められる。割合もキッチリ五分ずつ。
どちらが上とか下とかはない。対等な関係だ。だからこそ教会側が支部に支援するにあたって、利益が出ない部分を別の何かで埋め合わせを要求するのは、商人ではなくとも当然だ。しかも要求していることは、さほど難しいことではない。レイチェル様の偉業を知らしめるための宣伝に、協力して欲しいものだ。
(まあ、王都側の教会支部は、レジーナ様信奉者が多い。そんな中、レイチェル様の事業のロゴなどで活動アピールをされたら、困るのだろう。私の知ったことではないけれど)
そもそも次期教皇聖下を決めるにあたって、どれだけ実績を残したかが大事なのだが、すでに王都支部は頭にないのだろう。
第二王女レジーナが子飼いにしていた薬師は扱いが雑な上に、給料も低いので早々に離脱したと聞く。
最後まで残っていたのは彼女の信奉者だったらしいが、財産全てを貢いだ後、不眠不休で働いたまま過労死したそうだ。おそらく重度の魅了が掛かっていたのだろう。そのことに気づいたのは、
(だからこうして、薬をかき集めているのだろう。滑稽なことだ。……一度、王都の状況をこの目で見ておくことで、何か得られるものがあるかもしれない)
最終的に司祭は適正価格で買うと言い、承諾した。もっとも飲み薬は包みを二重にしており、飲むときに包みを開くと処方箋などの説明が音声として流れる術式を組んでいる。そして最後に、『この薬は共同事業者のカエルム教会支部と第五王女レイチェル様の提供によるもの』と流す。これは症状が悪化した場合や、新しい薬が欲しい場合の案内でもある。
(新しい薬ほしさに大金を積まず治療できるとなれば、支持している貴族は別として庶民なら間違いなくカエルム領地に向かうでしょうね)
適正価格だろうと、タダで売ろうとも本来の目的は概ね達成される。
急病人の場合はカエルム領の教会に駆け込むことで対応しているが、王都の教会に駆け込んだとして、機能しているとはとても思えない。
(しかし教会側として動くのは……。こういう時、レイチェル様のお知恵を借りたいですね。そして新しい新商品や新事業など心躍る金儲け、なにより新しい石鹸を……はあ、新しい石鹸……)
***
「え、王都ですか? それなら王都観光ツアーに参加するのはいかがでしょう」
たまたまマーサ殿と会ったので相談してみたら、思わぬ提案をしてくださった。レイチェル様が旅行事業を立ち上げると言っていたが、思っていた以上に早く取り組んでいるようだ。
「カエルム領地の日帰り観光も人気ですが、王都ツアーもなかなか好評なのですよ。なにせレイチェル様が運営すると言うことで王都まで護衛や馬車、宿などの手配は信用第一ですので、盗賊に襲われることも宿が外れることもないですし、緊急時のマニュアルも完璧です」
(さすがレイチェル様の発案を形にするマーサ殿だ。あの執事も色々アレだが、それ以上にレイチェル様を支えている周りも希有な才能を持っている。そもそも音楽の神々にまで気に入られているのだから無理もない。今回はリスティラ領地で活動しつつ、婚前旅行を満喫しているようですが、今度は神様を率いてきたら面白いですね)
そんなことを考えつつ王都ツアー旅行に参加したのだが、まさか本当に森の神が付いてくることになるとは、この時は考えもしなかった。どこまでも予想の斜め上をいく方のようだ。