皇帝、
「鈴が鳴った、とわけのわからない妄言を言っていたな。俺には鈴の音など聞こえなかったが、俺の妃の美貌にのぼせて誤魔化したのか。仙人を目指す修行者にしては俗物すぎて、呆れる……」
おや、と
まるで鈴が鳴っていないような物言いだ。
鈴は確かに鳴っていた――
同じ疑問を抱いたのか、
「陛下、恐れながら……この鈴は
「ほう。その鈴が鳴り、この場に魔性の者が潜んでいると思った、というのか? そして俺の耳は腐っていて、清らかな鈴の音を聞き逃していると?」
「い、いえ。この鈴は……」
「黙れ、
静かな一言に、
その表情から、
わたくしたちは今、その不思議な能力を見ているのかも――。
そんな空気の中で響く
「ほっほっほ。わしの耳にも、鈴の音は聞こえませんでしたぞ。皇帝陛下、弟子は緊張しており、鳴っていない音を聞いたと錯覚したのでありましょう」
「そうか」
……鈴は、聞き間違い?
一方、臣下たちは「まったく、無礼な弟子だ」と声を上げ始めている。
夏国には、「皇帝の
その皇帝のすぐ近く、謁見の間に邪悪が潜んでいるとなれば、皇帝の権威が落ちてしまう。とんでもない無礼な妄言だ。
皇帝、
「
その眼差しには疑念があった。
「もしも臣下になりすました魔性の者がいるならば、この機会に
「鈴が鳴ったのでは?」「
青年らしさのある、少し青臭い気配をのせて、皇帝は真剣に言った。
「国家を正常に運営する国主としての正しい姿勢は、無礼だと怒ることではなく、邪悪を見つけ出して排除することだ。俺はそう考えるが、いかがか」
「おお、おお。皇帝陛下……」
「よきお考えだと思いますぞ」
「私が清めの力を籠めた
この夏国では、夏季の
――ただし、
実家、孫家で端午節のたびに「苦手でつらい」と思っていて、妹の
「杯も清めてございます。さあ、この
……ここで「飲めない」などと言えば、空気は最悪になってしまう。
しかも、下手すると「魔性の者なのでは」と疑いも持たれてしまいかねない流れではないか。
(つ、つらいけど……国家のため。これも、公務……これくらいの我慢、なんてこと、ない……)
「……ごちそうさまで、ございました」
なんとか微笑を維持して礼を言ったところで、
杯の色が変わっている……。
それを見て、
「妃様が触れた杯の色が変わるとは……これは……?」
まさか、魔性の証拠だとでも?
「おかあさま~~っ!」
「殿下、いけません……っ」
――
三歳の皇子は、元気いっぱいに駆けてきた。後ろからは、おろおろした様子の臣下たちが青い顔で頭を下げたり全身を小さく縮こまるようにして付いて来る。
来てしまったのか――驚きつつ我が子を迎えた
「あ、れいかゆうだ」
「え?」
「こえも、けいりんがくえたの?」
『この塗料は、
杯を持ち上げ、
「こ、……この、杯は、
だから色が変わったのだ。
仕掛けを言えば、全員が「なんだ」と安堵した。
「……
皇帝の声が低くひんやりと響く。
愛らしい皇子の登場と杯の真相にゆるんだ拝龍殿の空気は、ぴんと張り詰めた。
「めっそうもございません。陛下。杯の色が変わったのは
「さようか。まあ、そういうことにしてやるが、二度目はないぞ」
皇帝、
「皇子も母が恋しいようだし、俺も執務の時間だ。この件については、またの機会に話すとしよう。大切なのは……夏国の皇帝は、邪派を許さず、正派華山派に恩義を感じ、今後も友好な関係でありたいと思っているということだ。よろしく頼む、戦友たちよ」
こうして、若干の不穏な気配もありつつ、謁見は幕を下ろしたのだった。
「……
我が子を抱きしめて感謝を告げると、
「ほんとぉ? ぼく、おかあさまを、たすけたぁ? えへへ。おかあさま、こまってたの?」
「ええ、ええ。
「わぁっ、やったぁ!」
……ああ、なんて可愛いのかしら。
緊張も疲労もすべてが我が子の愛らしさに癒されて、