「しゅじゃくさんは
「しゅじゃくー!」
我が子の言わんとすることがこの場にいない夫にはわかったのに、自分にはわからなかった。
内心で少し気にしつつ、
「しゅじゃく、よちよち」
「ぴい!」
「おくち、かちゃいねえ!」
「ぴぴぴ!」
息子、
小さくて弱い生き物を優しく愛でる心が育めているのは、とても良いことではないか。そんな気持ちが湧いてきて、誇らしさでいっぱいになる。
「ぼくにしゃかあったら、おうぎになりゅぞ!」
「ぴ……っ」
「おにきゅはやきゅ!」
「ぴ、……ぴっ……?」
ああ、西王母様! 我が子は健やかに成長しています。身も心も――、
「殿下」
「でんか、いなぁい」
「勉学のお時間でございます」
「でんか、いなぁい」
ごねる幼児に教育係は動じない。
彼は慣れた様子で
『
華山派の
夫、
――提案は好意的なものだろう。
お受けするべきだ。
しかし、護身の道術とは?
(わたくしが道士の真似ごとをしますの……?)
あまり実感が湧かないが、挑戦してみたい気もする。
以前の自分なら違う返事をしていたかもしれない――そう思うと、自分の心境の変化が面映い。
「ま……学ばせていただきます……と、お返事を……お願い、します……」
「
あら、侍女たちが興味津々。
『わたくしの可愛い侍女たちは、学びの意欲の高い才女たちですの。もしよろしければ、共に学ばせてくださいませ』
お伺いを立てると、夫は快諾してくれた。
「わあぁっ! 私たち、道士見習いになれますわ!」
「私、不思議な術をばっちり習得して、お妃様をお守りしちゃいます!」
「これっ、はしたない!
室内に歓声が湧く。
童女に戻ったような笑顔ではしゃぐ侍女たちは可愛らしく、
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
後宮には宦官以外の男性は入れない。
よって、道術を学ぶ
侍女団をぞろぞろと引き連れて行くと、
華山派を率いる
年齢は壮年から初老くらいと聞くが、彼は若々しく見えた。
顔の彫りは深く、黒く長い髭が艶々で、眼光は鋭い。
侍女の中には「渋いおじさま」と浮かれる声を囁き合う者もいる。
「道士になれる、不思議な術が使えるようになる。そんな期待を抱いている方には、最初に『期待を捨てるように』と申し上げておきましょう」
声は低く、理知的だった。
それほど大きく声を張っている様子ではないのに、広い
これは、武俠者の噂によく聞く「内功」による拡声ではないだろうか。
「我々華山派は、幼少のうちに素質を見出された者だけが入門します。そして、食事や生活習慣を徹底して管理し、厳しく広大な大自然の中で修業して、心身を仙人へと近づけていくのです。目指すは仙侠、換骨奪胎。骨と筋肉が武功を発するのに最適な状態に転じて衰えを超越する超人の境地。達することができる者は、千人に一人いるかいないか。生涯を捧げ、励み続けて、夢が叶わずに寿命が尽きる修験者がほとんどなのです」
要するに「そんな簡単に道士見習いになれない」「不思議な術は簡単に使えない」とお断りされている。
自分たちがはしゃぎすぎたのだろう。
礼だけではなく言葉も探したが、思いつかない。
しかし、侍女たちが女主人に倣って礼をして、代わりに言葉を発してくれた。
「失礼しましたわ」
「はしゃぎすぎました!」
無邪気な侍女たちに、
「うむ。こちらも愛想のないことを申して失礼いたしましたのう。わしは山に籠って修行ばかりしてまいりましたゆえ、ご婦人方の愛らしい笑顔に慣れておらず、浮かれてしまいそうになっております。それもあり、魅力的すぎる笑顔をちと控えめにしていただこうか、などと愚かな考えを起こしたのですな」
笑みを浮かべた顔と、道化のように軽く言う声は、意外と俗っぽい。
「――まあ!」
「うふふ……っ」
侍女たちは気を良くした様子でニコニコとして、「あら、笑顔はだめよ」「そうね、そうね」と囁き合っている。
それを微笑ましい祖父のような気配で見渡して、