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第123話 赤信号が好きな彼女

車を運転して、俺は舌打ちした。

また赤信号だ。

今朝はうっかり寝坊して、ギリギリの時間で家を出てきた。

赤信号がなければ会社に間に合うはずだ。

もっとアクセルを踏めば間に合うはずだ。

しかし、無情にも赤信号だ。

さすがに信号無視はできない。

俺は舌打ちを繰り返し、赤信号をにらむ。

ああ忌々しい。

会社に遅れたらこの赤信号はどう責任をとってくれるんだ。

イライラは募っていき、青信号になり次第、アクセルを踏み、

再び赤信号で止まる。

遅刻ギリギリの今日に限って、どうしてこんなに赤信号に引っかかるんだ。


赤信号をにらみながら、

最近ケンカした彼女のことを思い出していた。

彼女。一応まだ恋人。今のところケンカ中。

彼女は赤信号も楽しむ性格だった。

俺が赤信号でイライラしていると、

のんびり話しかけてくれたものだった。

二人でどこかに出かけるとき、俺が運転をしていて、

赤信号に引っかかってイライラしていると、

観光地もショッピングモールも逃げないよと笑ったものだった。

俺は一刻も早く目的地につきたいと思っていたものだった。

考えてみれば、目的地は逃げないものだ。

早くに並ばなければならないものがあるとして、

余裕を持って出かければいいだけの話だ。

赤信号に止まったら、雑談でもすればいいだけの話だった。

運転中は運転に集中するとして、

赤信号の時間は、目的地のことでも話せばよかったんだ。

彼女はそれをわかっていたのだろうか。

赤信号の時間は、楽しい時間だと俺に教えてくれていたのだろうか。

だとしたら、ケンカしている場合じゃないなと俺は思う。


赤信号が青信号に変わる。

とにかく会社に間に合わないことにはと思う。

そもそも今朝は俺の寝坊が原因だし、

赤信号に罪はない。

さんざん舌打ちしてきたが、まぁ、赤信号が悪いわけじゃない。

遅刻ギリギリなのは俺に非がある。

俺は運転しながらため息ひとつ。

ふと、前方がいつもと違う。

交通整理と渋滞。

トロトロとそのそばを抜けていくと、

何台もの車が絡んだ事故の処理をしているようだった。

めちゃくちゃになった車が転がっている。

事故があって間もないらしい。

もし、俺が赤信号で止まり続けなかったら、

ここまでの信号が全部青信号だったら。

このたくさんの事故車の中に俺もいたかもしれない。


渋滞を抜けて、会社に電話をするべく、コンビニの駐車場に車を止める。

上司は、事故に巻き込まれなくてよかったなと言ってくれた。

とにかく安全運転で出社してくれと付け加えられた。

まぁ、遅刻は遅刻になるけれど、怒られることなくむしろ心配された。

もしかしたら、ニュースか何かになるほどの事故だったのかもしれない。


俺は遅刻になるのをいいことに、

ケンカ中の彼女にメッセージを入れる。

赤信号のおかげで命拾いをした。と。

間もなく返信が入った。

赤信号も悪くないでしょ。と。

俺は、赤信号もいいものだなと送った。

返信はあとで見るとして、

とにかく会社に行こう。


彼女には、あとでしっかり頭を下げよう。

そして、彼女とどこかに出かけるときには、

安全運転で赤信号も楽しもう。

行き先の雑談もしよう。

目的地の楽しみを膨らませよう。

帰り道には感想を話し合おう。

目的地に早く到着することばかりだけじゃない。

その間をどう過ごすかも大事なんだなと思う。


同じ道のりを楽しむ仲。

ふと、結婚という言葉が脳裏をよぎる。

同じ方向を向いてともに歩んでいく関係。

それも悪くないなぁと思う。


また赤信号だ。

止まっている間、俺は赤信号を楽しむ彼女のことを考える。

俺の命を守った、赤信号が好きな彼女だ。


もう、赤信号で舌打ちはしないだろう。

安全運転で俺は車を走らせる。

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