車を運転して、俺は舌打ちした。
また赤信号だ。
今朝はうっかり寝坊して、ギリギリの時間で家を出てきた。
赤信号がなければ会社に間に合うはずだ。
もっとアクセルを踏めば間に合うはずだ。
しかし、無情にも赤信号だ。
さすがに信号無視はできない。
俺は舌打ちを繰り返し、赤信号をにらむ。
ああ忌々しい。
会社に遅れたらこの赤信号はどう責任をとってくれるんだ。
イライラは募っていき、青信号になり次第、アクセルを踏み、
再び赤信号で止まる。
遅刻ギリギリの今日に限って、どうしてこんなに赤信号に引っかかるんだ。
赤信号をにらみながら、
最近ケンカした彼女のことを思い出していた。
彼女。一応まだ恋人。今のところケンカ中。
彼女は赤信号も楽しむ性格だった。
俺が赤信号でイライラしていると、
のんびり話しかけてくれたものだった。
二人でどこかに出かけるとき、俺が運転をしていて、
赤信号に引っかかってイライラしていると、
観光地もショッピングモールも逃げないよと笑ったものだった。
俺は一刻も早く目的地につきたいと思っていたものだった。
考えてみれば、目的地は逃げないものだ。
早くに並ばなければならないものがあるとして、
余裕を持って出かければいいだけの話だ。
赤信号に止まったら、雑談でもすればいいだけの話だった。
運転中は運転に集中するとして、
赤信号の時間は、目的地のことでも話せばよかったんだ。
彼女はそれをわかっていたのだろうか。
赤信号の時間は、楽しい時間だと俺に教えてくれていたのだろうか。
だとしたら、ケンカしている場合じゃないなと俺は思う。
赤信号が青信号に変わる。
とにかく会社に間に合わないことにはと思う。
そもそも今朝は俺の寝坊が原因だし、
赤信号に罪はない。
さんざん舌打ちしてきたが、まぁ、赤信号が悪いわけじゃない。
遅刻ギリギリなのは俺に非がある。
俺は運転しながらため息ひとつ。
ふと、前方がいつもと違う。
交通整理と渋滞。
トロトロとそのそばを抜けていくと、
何台もの車が絡んだ事故の処理をしているようだった。
めちゃくちゃになった車が転がっている。
事故があって間もないらしい。
もし、俺が赤信号で止まり続けなかったら、
ここまでの信号が全部青信号だったら。
このたくさんの事故車の中に俺もいたかもしれない。
渋滞を抜けて、会社に電話をするべく、コンビニの駐車場に車を止める。
上司は、事故に巻き込まれなくてよかったなと言ってくれた。
とにかく安全運転で出社してくれと付け加えられた。
まぁ、遅刻は遅刻になるけれど、怒られることなくむしろ心配された。
もしかしたら、ニュースか何かになるほどの事故だったのかもしれない。
俺は遅刻になるのをいいことに、
ケンカ中の彼女にメッセージを入れる。
赤信号のおかげで命拾いをした。と。
間もなく返信が入った。
赤信号も悪くないでしょ。と。
俺は、赤信号もいいものだなと送った。
返信はあとで見るとして、
とにかく会社に行こう。
彼女には、あとでしっかり頭を下げよう。
そして、彼女とどこかに出かけるときには、
安全運転で赤信号も楽しもう。
行き先の雑談もしよう。
目的地の楽しみを膨らませよう。
帰り道には感想を話し合おう。
目的地に早く到着することばかりだけじゃない。
その間をどう過ごすかも大事なんだなと思う。
同じ道のりを楽しむ仲。
ふと、結婚という言葉が脳裏をよぎる。
同じ方向を向いてともに歩んでいく関係。
それも悪くないなぁと思う。
また赤信号だ。
止まっている間、俺は赤信号を楽しむ彼女のことを考える。
俺の命を守った、赤信号が好きな彼女だ。
もう、赤信号で舌打ちはしないだろう。
安全運転で俺は車を走らせる。