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第125話 空には悲しみがある

いつの間にか外は夕暮れになっていた。

私は資格を取るために勉強をしていて、

その場所として、窓の大きなカフェを選んでいた。

カフェの音楽は勉強の邪魔をしないし、

また、カフェに来る客層もうるさくはない。

カフェの構造自体、音を大きく反響しない作りなのかもしれない。

構造のことはわからないけれど、

集中するにはいいカフェだ。

だから、外がこんなにも夕暮れになっていることに気が付かなかった。


私は資格試験の問題集を閉じて、

コーヒーを一口飲む。

ぬるくなっても美味しい。

疲れた頭によくしみる。


窓の外は夕暮れのグラデーションが、

だんだん夜へと姿を変えていっている。

当たり前の現象なのだけど、

なんだか、悲しみが降りてきているなと私は感じた。

夜になると空から悲しみが降りてくる。

あたたかく落ち着く場所にいないと、

空から降りてきた悲しみに飲まれてしまうような気がした。

夜は気が滅入ってしまう。

寒いところで一人でいたらなおさらだ。

多分夜という時間は、

そこかしこに悲しみが満ちている。

多分夜に資格試験の勉強をしていると滅入ってくるのは、

そんな悲しみに飲まれているからかもしれない。


空の上には悲しみに満ちている場所があるような気がする。

夜になると満ちている悲しみが降りてくる。

それはきっと、悲しませようと降りてくるわけでなくて、

悲しみの重さが空に居続けられなくなって降りてくる。

それもまた、当たり前の現象なのだと思う。

普通に夜が来るように、

普通に悲しみが降りてくる。

朝になれば悲しみは空へと上っていく。

それの繰り返しだ。


悲しみの降りてきた空を、私はカフェから眺める。

資格を取らなければいけない理由をいろいろ思い出そうとする。

前向きな理由だけでなく、

資格を取らなければ後がないという理由もあるし、

お金のためという理由もある。

とにかくこの資格を取らなければいけない。

今なんとなく悲壮感に駆られているのは、

空から降りてきた悲しみに飲まれそうになっているのかもしれない。

どうしてもこの資格を取らなければならない。

その事実がなんだか、

死地に赴く兵士のようになるのは、

やっぱり悲しみに飲まれているんだろうなと思う。

資格試験と戦って最悪死ぬような気分になる。

資格試験に合格しても、

次の死地が待っているような気がする。

終わりのない戦いの中にいるような気がする。

戦ってすべてやっつければいいと思えないあたり、

疲れているし、滅入っているのだろうなと思う。

空から悲しみが降りてくると、

どうにも弱い心持ちになるのかもしれない。


私はコーヒーを飲み終える。

外はすっかり夜になっていた。

悲しみがあたりを満たし、外はかなり寒いだろう。

深呼吸をひとつ。

お腹に力を入れる。

目に力を入れる。

空から悲しみが降りてきているかもしれないけれど、

私は決して孤独ではない。

この資格をとれれば何かが変わるかもしれない。

夜になるたびに降りてくる悲しみから、

私を、誰かを、守れるようになるかもしれない。


資格試験の問題集をカバンに入れてカフェを出る。

棘のような月が見えた。

資格試験という戦いに勝って、

一人で悲しみに飲まれている誰かを癒したい。

私はまだまだ弱いけれど、

毎晩降りてくる悲しみに勝ちたいと思った。


強くなりたい。

空の悲しみに飲まれている、まだ見ぬ誰かのために。

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