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第200話 懐古主義と言われようとも

どうにもこの時代はスピードが速い。

懐古主義と言われようとも、

俺はゆっくりいろいろ味わいたい主義なんだ。


俺はカフェにいる。

旧時代の名残のようなこの店だけど、

旧時代のようにゆっくりコーヒーを楽しむ者は減ったようだ。

カフェのマスターも、どちらかと言うと旧時代の人間なのだろう。

コーヒーを古い機器で丁寧に入れてくれる。

俺はその手際を見るのも好きなんだが、

この時代に適応している連中は、

早くしろとイライラしていて、

コーヒーが提供されたら、

画像に残した上で、すぐに飲んで代金はらって、店を後にする。

旧時代の時間の流れが好きな俺からすると、

そんなに急いでいたら、なんにもわかんないだろうと思うんだが、

まぁ、彼らなりにわかることもあるんだろう。


旧時代の名残のようなカフェで、

この時代に適応しているものは、店に慌ただしく出たり入ったり。

俺は店の端っこの方でコーヒーを楽しむ。

ほどいい温度のコーヒーは、

香りでリラックスを誘ったあと、

口に広がる風味で緊張を溶かしてくれる。

みぞおちにわだかまっていたストレスや、

肩甲骨に澱んでいた疲れが、

コーヒーでふわりと溶けていく。

ああ、この感覚はいいなぁと思う。

俺は店の天井を眺める。

この時代の店というものは、

どこもかしこも広告が流れているものだが、

このカフェは旧時代の作りなので、

カフェの中に広告は流れていない。

視覚がうるさくないのも、このカフェが好きな理由だ。

とにかくこの時代は視覚にうるさい。

隙あらば視覚を奪って広告が入ってくる。

このカフェにいる間は、

味覚で限りなくリラックスできて、

視覚は静かで自分だけの視覚になったような気がする。

なんだか、自分の感覚が自分に戻ってきているような気がして、

やっぱりこのカフェにいるのがいいなと思う。


俺は紙の本を開く。

その近くに紙の手帳も開く。

この時代においては、本はデータで読むのが主流で、

データを要約して時間短縮するのが主流だ。

時間短縮をしたうえで、もっといろいろなことに時間を使うらしい。

俺はそれがどうにも苦手だ。

紙の本には様々のことがある。

データで要約された時にそぎ落とされた、雑多なこともあるし、

その雑多なことこそ俺は感じたいと思うんだ。

紙の手帳は、やっぱり俺の懐古主義的なところで、

俺が自分の手で書いた手帳を残したいと思うんだ。

紙の手帳には、紙の本を読んで感じたことも書く。

こまごました予定も書く。

飲んだコーヒーの感想も書く。

全てデータ管理すればいいというのがこの時代の風潮ではあるけれど、

どうにも俺はそのあたりが合わないんだな。


俺はコーヒーを楽しみながら、

ゆったりと本を読む。

周りではこの時代に適応したものが、

大急ぎでコーヒーを飲んでは去っていく。

時間の流れが違うんだなと思う。

俺はまだまだ旧時代の人間だから、

自分の感覚でいろいろなものを味わいたいし、

感覚や判断を外部化したくない。

俺が選んだものに責任を持ちたいし、

俺が選ぶものは、俺の判断で選びたい。

俺の感覚は俺がちゃんと感じたいし、

周りから余計な感覚が押し付けられるのは苦手だ。

俺は俺でありたい。

俺の時間で、俺の感じるように生きたい。

それも懐古主義と言われるんだろうなと思う。


人が、自分の感覚は自分のものとしていた旧時代。

感覚がわかり合えないから、

人は理解し合えなくて争いが起きたという。

だから、みんなでわかり合うために、

あらゆる感覚や知識をデータ共有して、

物事への理解速度を速めようとしているらしい。

みんながわかり合えれば争いはなくなって平和になる。

そんな名目らしい。

感覚がデータ共有されて、

知識が要約されて共有されて、

欲しい情報は一瞬で手に入る。

店の味が知りたければ、ダウンロードして味覚のデータを取ればいい。

観光地の風景が知りたければ、

観光地の視覚情報をダウンロードすればいい。

現地に行く必要もなく、時間は節約される。

全ての情報が外部化されて共有されている。


俺はそのあたりを共有していない懐古主義の人間だ。

だから、ゆっくりコーヒーを飲むし、

紙の本の感想を紙の手帳に書く。

時間を無駄にしていると言われそうだけど、

俺の時間はこうして使いたいんだ。

ああ、コーヒーが美味いなぁ。

飲み終えるのが惜しいと思いながら飲み干す。

本を読むのを中断するのも惜しいし、

もう少しこの時間を味わいたい。

俺はマスターにコーヒーのおかわりを注文する。

マスターは丁寧にコーヒーを入れてくれる。

マスターが少し微笑んでいるのは気のせいではないだろう。


この時代に馴染まない懐古主義の俺は、

旧時代のカフェで贅沢な時間を過ごす。

平和はこんなことだと俺は思うんだが、

それも多分懐古主義と切り捨てられるのかもしれない。

まぁ、俺は俺として、自分の時間の使い方をしようと思う。

他人は他人。俺は俺。

俺は好きなように生きるってことさ。

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