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七海トモマルラボ 第五実験結果集

第201話 この世の最果て

青い空の端っこで、

古い歌を思い出す。

歌を歌うアンドロイド、ボーカロイドが歌ったものだ。

確かあれもサイハテといった。

僕がいるここも、最果てなのだろうなと思う。


ボーカロイドが出ていた頃の歌だから、

相当昔の歌になる。

僕はその昔の歌が好きで、

楽器と声との間のような感覚が好きだった。

僕らが歌わせる楽器のボーカロイド。

その頃から技術は進んで、

人間の歌い手より複雑な歌をプログラムで歌わせるようになったらしい。

人間の歌い手も負けていなくて、

プログラムの歌よりも複雑な歌で勝負している。

ボーカロイドと人間と、共存できる未来があってもよかったと思うんだけど、

人工知能で何でもできるこの世の中は、

人間が人間である理由も削っていった。

もはや創作は人間の特権ではないという。

僕らの楽器のボーカロイドという概念は、

はるか昔のことになった。


世界は限りなく閉じられている。

人工知能がいろいろなものを管理している。

人間に任せると、また、世界が異常気象になったりするらしいから、

人工知能が計算して、

世界を管理している。

世界は閉じられている。

人工知能が計算していない世界はない。

農作物も家畜も管理されている。

気候が正常値になるように植物動物も管理されている。

人の営みも管理されている。

戦争などが起きては世界が壊れてしまうから、

限りなく平和であるように管理されている。


管理された世界ではあるけれど、

世界を壊さないためには必要なことなんだろうなと思う。

僕が生まれた頃には、

世界は平和になるために管理されていた。

昔は怒りや憎しみを覚えるようなことがあったらしい。

それが増幅されて争いがあったらしい。

世界は個人レベルから国レベルまで、

あちこちで争いがあったらしい。

それを止めるために人工知能技術が進歩していって、

世界は人工知能で管理されて、

世界は限りなく平和になった。

世界は人工知能が管理できる範囲までが世界であり、

そこから外はないものとされていた。


僕は古いボーカロイドの曲を聞く。

人間が創作をしていた時代の歌。

ボーカロイドは歌う楽器だった。

創作はどこから生まれたのだろうか。

今は創作は人工知能がしていて、

管理された創作物が世界中に流通している。

人間が歌う歌も人工知能が作ったものだ。

人間の営みとしての創作はどこから来ていたのだろうか。

この歌はどんなことを考えたらできたのだろうか。

僕でも歌を作れるだろうかと考えた。

ボーカロイドが人と手を取り合っていた時代のように、

僕の中から歌が作れないかと考えた。


僕をはじめとして、みんな人工知能が管理している。

それは平和をもたらしてくれたけれど、

創作をするというものは、

人工知能に管理されていないことをすることだ。

僕の中で管理されていないところを探す。

僕のすべてが管理されているようで、

考えるということも全部導かれているような気がする。

古い時代は、きっと管理なんてされていなかった。

管理されていない部分で考えて、歌が生まれていた。

僕は僕の中の管理されていない場所を探す。

どこか、僕が歌を生み出すのに使える場所はないか。


僕は僕の中をさまよう。

思考も管理されている。

健康状態も管理されている。

覚えるべきことも管理されている。

導き出される感情も管理されている。

すべては平和のためだと教えられているけれど、

それでは僕が歌を歌を作れる場所はない。

僕は僕の中をさまよう。

それは管理された世界そのものをさまようように。

全てが管理されている世界を歩き続けて、

歌を作る場所を探すように。


僕は僕の中を歩き疲れた気分になった。

僕はすべて管理されている。

ため息をついて諦めようとしたとき、

ボーカロイドの歌を思い出した。

僕という存在の最果てに、

歌が生まれていた。

僕の世界の最果て。

管理が及んでいないほどの最果て。

この世の最果てだ。


最果てはきれいな空のような場所だ。

歌を生み出すには最高の場所だ。

僕は僕の中に世界の果てを見つけた。

青い空の端っこ。

ここは最果て。

僕の中の自由な場所。

今まで見つけられなかった僕が生きる場所。

僕は管理された平和な時代に、

僕の世界の果てで歌を作る。

誰にも届かなくてもいい。

僕は僕が存在する理由として、歌を作るんだ。


歌を作る人たちはこんな気持ちだったのかな。

僕は歌の作り手に思いをはせながら、

世界の最果てで歌を作る。

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