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第202話  私も罪人

私もまた、罪人だ。


この世にはたくさんの罪がある。

法に基づくものから、

地域だけで通じるもの、

あるいは、個人の間だけで罪とされるもの。

大きなもの小さなもの。

罪とされるものはたくさんある。

昔々、この中で罪を犯していないものだけが石を投げなさいと、

誰かが言ったと聞く。

誰も石を投げなかったと聞く。

罪は、たくさんの価値観が作り出しているのかもしれないと私は思う。

価値観の統一をはかろうとするのが法なのかもしれない。

ある程度同じ価値観のもと、これはいけないというのが罪であり、

してはいけないことをすると罰がある。

また、価値観が違う集団同士では、

お互いの集団の価値観が違うものだから、

あちらは罪を犯しているということがあるだろう。

それが国レベルになると、悪ければ戦争になる。

罪とは、共有している法や正義が違うとコロコロ変わる。

何が罪で、何が正しいのか、

私たちは振り回されながら生きている。


私にとって、あなたは優しい人だ。

あなたは誰のことも悪く言わない。

助けを求めていれば手を差し伸べる。

いつも穏やかに微笑んでいて、

呼吸をするようにすべてを愛する人だ。

犯罪などとは無縁の人であり、

物事に関してはよく考えたうえで判断を下す。

思慮深い人でもある。

そんなあなたが罪人にされた。

罪人をかばった罪であるらしい。

あなたに助けられた人々も皆、

あなたを罪人だと罵った。

ひどい罵詈雑言があなたにたたきつけられた。

あなたはそれでも誰のことも悪く言わなかった。

かばったという罪人のことも、

あなたを罵る誰のことも、

法のことすら悪く言わなかった。

あなたのまわりは嵐が起きたように荒らされていって、

やがて、みんな飽きてそ知らぬふりして日常に戻っていった。


私は、あなたの荒らされた家の近くにやってきた。

あなたは静かに荒らされた家を片付けていた。

どうしてこんなにひどいことをして、

どうして誰も咎められないのだろうか。

罪人はどっちだと私は思った。

いや、止められなかった私も罪人なのだ。

あなたをひどい目に遭わせてしまったという点においては、

私も罪人なのだ。


私はあなたの家の片付けを手伝う。

この家を片付けることで罪人になるというならば、

私は喜んで罪人になろう。

困っている誰かを助けることが罪ならば、

私は喜んで罪人になろう。

あなたは罪人をかばったとしてこのような目に遭った。

私はそれ以上の罪を、

あなたに向けた悪意に見る。

罪人をかばったあなたを攻撃するのは正義かもしれない。

しかし、その正義は私には悪に見える。

みんな正義に酔いしれて、あなたを攻撃して、

飽きたら別の攻撃先を求める。

それのどこが正義なものか。

罪はそこにこそあると思うのに、

誰も咎められずに日常を送っている。

私はそれを、悲しいと思う。

怒りよりも、悲しい。


罪を犯していないものだけが石を投げなさい。

誰かはそう言ったけれど、

本当は石など投げるものではない。

個人に向けて、集団で石を投げるのは止めようということではないだろうか。

私はそう思うのだけれど、

きっと理解はされないだろう。


私たちはあなたの家を元に戻した。

あなたはありがとうと微笑んだ。

少しやつれたような気がする。

やはりあなたでも、つらい思いをしたのだろう。

憎しみがぶつけられて、つらい思いをしないものは多分いない。

あなたは、よく、耐えてくれた。

心優しいあなたが、ちゃんとここにいることを、

私は奇跡のように思った。

あなたは罪人とされたかもしれない。

それでも私はあなたを赦そうと思う。

私には何の権限もないけれど、

この世界で、少なくとも私は、

あなたを赦している。

あなたが罪人だというのならば、

私もその罪を共に背負おう。

そして、赦し合おう。


あなたが罪人なのならば、

私もまた罪人だ。

この世は罪にあふれている。

罪を犯していないものなどいない。

法に触れていないだけで、

悪いことをしたものはたくさんいる。


あなたは、みんなを赦そうといった。

私は深くうなずいた。

あなたは微笑み、私も微笑む。

私たちは罪人だ。

しかし、ここには確かに愛がある。

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