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第204話 蛇の目傘さして

蛇の目傘さして、あなたに会いに行く。

蛇の目傘に雨が当たる。

その音すら楽しく、弾む足取りであなたに会いに行く。


その蛇の目傘は、実家の忘れられた場所に転がっていた。

実家はなんだか歴史があると、おじいさんが言っていたけれど、

とにかく古いものがあるということは知っていた。

そんな実家に、使われるわけでなく転がっていた蛇の目傘。

新しいものではないようだけど、

古びたもの特有の壊れ方もしていない。

まだ使えるなと私は判断して、

実家のおじいさんに許可を取って蛇の目傘を譲ってもらった。

おじいさんは、こんなものあったかなと首をかしげていたけれど、

おじいさんの細かい記憶はあてにならないかもしれないので、

そのあたりは曖昧なまま、蛇の目傘は私のもとにやってきた。


私は実家から大学近くのひとり暮らしの部屋に戻ってきて、

蛇の目傘をながめる。

なんだか持っているといいことが起こりそうな予感がする。

なんでだろうかと考えたけれど、

傘を開く時の心地よさや、持ったときに手に馴染む加減が、

なんとも気持ちいいからだと結論付ける。

雨が楽しみだなと思いながら、

私は部屋の玄関近くに蛇の目傘を置いた。


やがて雨の日がやってきた。

私は蛇の目傘を開いて大学へと向かう。

蛇の目傘にあたる雨音は弾む音楽のように。

まるで蛇の目傘が歌っているようだ。

私の足取りも自然と弾む。

蛇の目傘はしっくり私に馴染み、

楽しい気分で私は歩く。


大学で講義を受けて、

また、蛇の目傘をさして歩く。

ふと、何かが横切っていくのを見た。

小さな何かだ。

雨の中、小さな何かが飛んでいる。

蛇の目傘をさしたままあたりを見渡すと、

よくわからないものがたくさんいる。

何かで見たな。

確か図書館の妖怪特集の本だった気がする。

じゃあ、今見えているのは妖怪なのかなと私は思う。

驚きはあまりない。

そもそも、この蛇の目傘の出自がよくわからない古いものだから、

蛇の目傘をさしている間、不思議なものが見えてもおかしくないと思う。

この蛇の目傘自体も不思議なものになるのかもしれないし、

蛇の目傘が私を選んだのかもしれない。


私は不思議なものが見える街を歩く。

雨音は楽しく、いろいろな不思議なものが私に向けて挨拶する。

きっと、今までみんなから見えなかったんだろうなと思う。

だから、見える私がいて、嬉しいんだなと思う。

神社に行くと、神社の神様ともお話ができた。

礼を尽くせば神社の神様もちゃんとお話をしてくれる。

ただ、あまり高位な神様には注意しなさいと言われた。

いろいろな神様がいるんだなと私は理解する。


雨の街を歩いていると、

ぼんやりたたずむ狐耳の青年を見つけた。

私が声をかけると、青年は驚いていた。

見えることと、話せることに驚いたらしい。

青年はとあるところに祀られていた狐の神様で、

祀られている場所がなくなってしまったので、

これからどうしていいか途方に暮れていたらしい。

誰からも忘れられてしまったらいずれ消滅する。

狐耳の青年は、かなり弱っているようだった。

私は居場所をなくした狐の神様が不憫になったので、

なんとかならないかと考えた。

そして、ちょっとしたことを思いつく。

先程お話ができた神社の神様にお願いして、

狐の神様を置かせてもらえないかと。

神社の宮司さんに許可を得て、狐の置物を置かせてもらえれば、

狐の神様の居場所ができるはずだし、

狐の置物に何かご利益をつければ、

狐の神様を覚えている人も増えるはずだと私は思った。

そうと決まれば行動だ。


ほどなくして、大学の美術部に作ってもらった狐の像を、

神社の神様と宮司さんにお話をつけて置いてもらうことに成功した。

宮司さんは、狐の像の出来がいいので、

幸せを運ぶお狐様として、

見栄えのいい像の置き場を作ってくれた。

蛇の目傘をささなくてもわかる。

狐耳の青年の狐の神様も喜んでいる。


雨が降ったら蛇の目傘をさして街に繰り出す。

いろいろな不思議なものが挨拶してくれる。

私はいつもの神社に行き、あなたに会う。

蛇の目傘から見るあなたは、幸せそうに微笑んでいる。

この蛇の目傘で何かできないかな。

私は弾む足取りで雨の街を歩く。

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