それはたった数分の神話。
高校生の陸上競技の全国大会。
高校生のスポーツと言うと、
高校野球や高校サッカーなどが花形で、
高校生の陸上競技の全国大会はテレビ中継などはさすがにない。
テレビ中継がないという点においては、
他のスポーツも似たり寄ったりかもしれない。
それでも、この全国大会に高校生活すべてをかけてきた猛者が集まっている。
それは、有名になりたいとか、そんなレベルでない。
全国一を取るためにすべてをかけてきた。
命をかけるに等しい努力をしてきたものが集まっている。
中距離走の予選が行われた。
数キロを走る長距離でもなく、
数秒で決着する短距離でもなく、
数分で決着がつく中距離走だ。
全国から集まった中距離走の猛者たちが走る。
その中で、ひときわ速い選手がいる。
この全国大会に向けて命を削ってきたであろうすべての選手を、
どんどん抜き去っていって独走だ。
ほぼ短距離のペースに等しい。
それでもペースは全く落ちない。
瞬発力と持久力の桁が違う。
走る能力においては化け物クラスだ。
いや、走ることに関して、走りの神に愛されたのかもしれない。
その選手は予選を桁違いのトップのタイムで通過した。
陸上競技の全国大会が行われている、
競技場がざわついている。
全く無名の選手が、中距離走でとんでもない記録を出した。
今までノーマークだったこともあり、
大学の陸上競技のスカウトも注目をし始めた。
高性能カメラを持ったカメラマンも選手を注目する。
あれは一体誰だ。
どこに一体隠れていたんだ。
誰に教えてもらったんだ。
競技場は桁外れの中距離走の選手の登場でざわついていた。
中距離走の決勝。
いろいろな競技が同時進行で行われている中、
中距離走の決勝には注目が集まっていた。
あの選手が高校の陸上競技の歴史を変える瞬間を見たい。
生きる伝説になる瞬間を見たい。
伝説の始まりを見届けたい。
そんな思いが競技場に渦巻く。
中距離走、スタート。
あの選手は最初からトップスピードで走り、
ペースを全く落とすことなく、
ペース配分など無視したように、
ただただ猛スピードで走る。
そのフォームは美しく、完成された美ですらある。
走るために生まれてきたような美しさ。
この瞬間、走ることの完成形がここにある。
これが伝説の始まり。
見守る皆がそう思った。
あの選手は数分間、トップで走り抜けて、
風のようにゴールして、
見たことのないタイムを出して、倒れた。
これは歴史に残るほどだと誰もが思った。
競技場が湧いた。
歴史が変わった瞬間だ。
ここから神話が始まる。
伝説の幕開けだ。
しかし、あの選手は起き上がってこない。
倒れたまま微動だにしない。
まずは審判が駆け寄り、
その後慌てて医療班が呼ばれた。
医療班がただ事でない反応をした。
大声で救急車を求めた。
ゴールした瞬間、あの選手の意識はなくなった。
そしてそのまま、鮮烈な記憶だけ残して旅立って行った。
あの選手のことは、記録にも残っていない。
それでも、あの競技場で、
確かに数分間の神話を残していった。
あの速さは神話に登場する英雄さながらであったし、
フォームは完成された美しさそのものだった。
もし生きていればと誰もが思ったけれど、
あの選手の神話はここで完結することで、
たくさんの皆の記憶に残り続ける。
そして、記録に残らない神話として語り継がれ続ける。
あの選手は間違いなく神話を作った。
たった数分の間に、魂を燃やし尽くして神話を作った。
大会のために命を削ってきたレベルでない。
すべてを燃やし尽くす流星のようですらあった。
あの選手は星になった。
神話の英雄が星座になるかのように、
その身を燃やした星になった。
あの選手の記録は非公式記録になった。
それでもその記録が破られたことはない。
あの選手の非公式記録という神話は、
語り継がれていく。
あの選手はそうして永遠になる。
たった数分の神話は永遠になる。
風のように駆け抜けた、
走りの神に愛された、
あの選手が生きた証は、
永遠に神話として残り続ける。
あの競技場は伝説の始まりだった。
神話の生まれた場所だった。
あの選手はいないけれど、
今でもその神話に届くように、
走り続ける高校生たちがいる。
伝説の選手は、いつまでもそんな高校生の前を走り続ける。
それはまるで皆を導く星のように輝いている。
伝説は終わらない。
いつまでも、いつまでも、走り続けている。
そんな、永遠の神話だ。