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第210話 それじゃ即決だ

私は悩んでいた。

このお手伝いアンドロイドの導入について。

価格も問題ない。

お手伝いできる範囲もかなり広く、

かなりのことができるらしい。

人が眠る程度の充電で人が働く以上に働けて、

故障の際のアフターケアも万全であるらしい。

しかし私は悩んでいた。


私は生活能力が壊滅的な作家だ。

稼げることは稼げるのだが、

家の中がとてつもなく汚い。

この家を片付けるために妻を娶ろうとは思わない。

妻という女性に対して、そのような役目を押し付けたくない。

だから私は独身のまま、

ただただ作家を続けていって、

家はどんどん汚くなっていった。

新作を出すという仕事がある以上、

その新作が外部に漏れるのが怖いので、

家に人を入れることが怖い。

だから、家には清掃業者も入れられない。

料理を作るヘルパーも入れられない。

新作が外部に漏れてしまっては、

出版社との契約にもかかわる。

それが怖いので、私はゴミの中でひたすら書き続けている。


お手伝いアンドロイドの展示してある店には、

担当の編集者から誘われてやってきた。

最新鋭の技術に触れることで、小説の案になるかもしれない、

そんなことを言われた。

私はしぶしぶ店にやってきて、

お手伝いアンドロイドの説明を聞いていた。

私が断る理由はないように思われる。

限りなく理想に近いものであるように思う。

それでも私は悩んでいた。


お手伝いアンドロイドには、

少し設定が難しいけれどカスタムモデルがあるらしい。

外見カスタムをする人もいるし、

性格をカスタムする人もいるらしい。

しかし、性格のカスタムは相当加減が難しいらしく、

性格のカスタムを挑戦して導入したお客が、

やっぱり癖のない初期設定の性格に直してほしいと言い出すこともあるようだ。

私はそこで閃いてしまった。

作家である私ならば、

限りなく正確に性格設定が可能ではないか。

ひとつのキャラクターの設定を詰めて詰めて書くのが作家という仕事だ。

私はとにかく作品に出ていない部分も設定を詰めるのが癖だ。

私ならば、お手伝いアンドロイドの、

完全なカスタムもできるかもしれない。

それは世界に唯一の、

私のキャラクターができるということでもあるし、

そのキャラクターが家のことをしてくれて、

なおかつ、アンドロイドであるのだから、

新作が外に漏れる心配もない。

私は作家業に専念し続けることができる。

そうとわかれば即決だ。


私はお手伝いアンドロイドを即決して買った。

そして、お手伝いアンドロイドの外見カスタムと性格カスタムの、

注文をこれ以上ないほどに細かく入れて、

お手伝いアンドロイドが家に届くのを待った。

カスタムされたお手伝いアンドロイドが届く日、

玄関の呼び鈴が鳴って表に出ると、

そこには私の脳内をそのまま映し出したような、

お手伝いアンドロイドが立っていた。

業者の案内で登録手続きをすると、

お手伝いアンドロイドは、私の思った通りのキャラクターの言動をして、

家の中を正確にきれいにし始めた。

それは人間ではできない動きだった。

そのあたりはアンドロイドの性能なのだろうが、

人間をこえたお手伝いをしてくれて、

なおかつ、私の脳内にしかいなかったキャラクターがこうしてここにいて、

私の家をきれいにしてくれている。

その事実に、私は静かに感動した。


お手伝いアンドロイドは、私の家を見違えるようにきれいにしてくれて、

さらに料理も作ろうかという。

冷蔵庫にほとんど何もないことに気が付き、

何か買ってこないとと言えば、

お手伝いアンドロイドにキャッシュレス決済を紐づけてくれれば、

買い物に出かけて料理も作るという。

私は原稿料と印税が入る口座を紐づけて、

お手伝いアンドロイドは買い物に出て行った。

軽率だったかと思ったのは数分程度で、

お手伝いアンドロイドは買い物の重い荷物も苦もせずに運んでくると、

すぐさま料理に取り掛かった。

あたたかい料理を食べながら、

お手伝いアンドロイドの顔を見る。

私の理想がここにある。

私の脳にだけいた存在と、生活をして、

ともに時間を過ごせる。

お手伝いは二の次ではあるのだけど、

この家がこれほどきれいになると、

やはりお手伝いをしてくれた方がいいのかとも思う。


即決して買ったお手伝いアンドロイドではあるけれど、

脳内にはキャラクターが何人もいるので、

それらもこうしてお手伝いアンドロイドとして形にできればと思う。

みんなで分担して家の中のことをしてくれれば、

なおかつ、話し相手になってくれれば、

作家業はどんどんはかどっていくだろうし、

毎日が楽しくなるだろう。


お手伝いアンドロイドが食後のコーヒーを出してくれた。

これ以上ないほど美味しいコーヒーを飲んで、

私は次のお手伝いアンドロイドを買う資金にすべく、

新作執筆に取り掛かる。

担当編集者も驚くだろう。

さぁ、物語をどんどん書いて、ここを私の理想の家にしよう。

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