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第247話 クッキーをかじる

お菓子の缶のクッキーを片っ端からかじって飲み込む。

かわいい女の子なんてくそくらえ。

品なくクッキーをむさぼり食べる女がそこにいる。


とにかく毎日ストレスにさらされている。

この時代あるあるなのか、

どの時代でもそうなのかはわからないけれど、

こうあるべきというものに疲れ果てている。

女というものはこういうものでなければいけない。

この仕事をするものはいつでも笑っていないといけない。

その他もろもろのこうでなければいけないがあって、

どれもに応えていたら心が折れそうになった。


仕事の帰り、同僚がクッキーの缶を渡してきた。

個包装のお菓子ならばみんなで分けられるんだけど、

いただいたクッキーの缶をどうしていいかわからなくて、

もしよければ持って帰ってくれないかな、

お客様から頂いた手前、捨てるわけにもいかないんだと。

私は少し考え、大きな缶のクッキーをもらった。

手土産のものとしては古臭いものになるかもしれない。

もっとスマートならば個包装のお菓子屋さんのお菓子になるんだろう。

多分その大きさからみんなをたらいまわしにされて、

なんだかんだで私にやってきた。

厄介者の手土産というわけだ。

こうあるべきから外れたことで、

厄介者にされてしまったクッキーの缶を、

なんだか私にダブらせて家に持ち帰る。

こうあるべきから外れれば、

私もこうしてたらいまわしされる厄介者になる。

そうなりたくないとしがみついている。


一人暮らしの家に帰って、

簡単な夕食を食べると、

クッキーの缶が寂しそうにあるのが目についた。

たくさんの人に食べてもらいたくて選ばれたはずのもの。

今は私の部屋にある厄介者。

私はクッキーの缶を開ける。

中には様々のクッキーが詰め込まれている。

どれもこれも美味しそうなのに、

要らないものと、はみ出し者だと、厄介者だと切り捨てられた。

私は無性に悲しくなった。

このクッキーはこんなにも美味しそうなのに、

個分けにできないスマートでない、

職場にそぐわない、

あるべき土産物でないだけで、

こうしてはじかれて押し付けられてしまった。

こうあるべきは、こんなにいいものまではじいてしまう。

私の頬に涙。

なんだかとても悲しい。

あるべきものでないだけで、

せっかく選ばれて贈られてきた、

このクッキーがはじかれてしまったことが悲しい。

私はクッキーを手に取った。

ガリガリとかじって飲み込む。

間違いなく美味しい。

これはかなりいいところのものに違いない。

せっかく選んでもらったのに、

手土産として贈られてきたのに、

かなりいいところのものであるはずなのに、

私のようなところに押し付けられたクッキーが不憫で、

こんなに美味しいものなのに、

こうあるべきでないものはこんな扱いを受けるのだと思うと、

悲しくて悲しくて、

クッキーをかじってむさぼり食べる。

この時私は女らしい女ではない。

女として求められているものからことごとく外れている。

クッキーを泣きながら食べている女は、

可愛らしい女の子ではない。

体調管理ができる女でもない。

今まで求められてきたこうあるべきに、

ことごとく否を突きつける。

私はこのクッキーを食べたい。

女の子が求められるようにでなく、

むさぼるように片っ端から食べたい。

こんなに美味しくいいものであるはずなのに、

厄介者にされてしまったクッキーを、

私だけは認めてあげたいと思う。

世の中の誰が、これは外れたものと言おうとも、

このクッキーはとても美味しくいいものであると、

手土産としてなっていないとされても、

極上のクッキーであると私が認めよう。


私は多分、こんなにもいいものが厄介者にされていることが悲しい。

こうあるべきの雁字搦めで、

いいものだと思って贈ったお客の気持ちもないがしろにされていて、

それもひどく悔しい。

こうあるべきなんてなんだ。

今までのストレスも爆発させて、

品なくクッキーをかじりながら私は涙を流す。

今まで受けてきたこうあるべき、

こうあるべきで嫌な思いをしたこと、

ストレスがたまりにたまっていこと、

心が折れそうになっていること、

全部全部くそくらえだ。


クッキーを汚く食べ散らかして、

本当に美味しいクッキーをこんな風に食べてしまったことに後悔した。

笑顔で味わうべきものが、

こんな風になってしまったことも悲しかった。

私は本当はどんな風に生きたいんだろう。

空っぽのクッキーの缶を見つめながら、

私は自問自答をする。


答えはまだない。

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