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第249話 あなたは神隠しにあった

幼いあの日、あなたはいなくなった。

都会であれば誘拐と言われるだろうけれど、

田舎町では、なぜか神隠しとされた。

犯罪ではなく、

神が隠したとされた。

神に隠されたのならば仕方ない。

大人たちはそう言って諦めた。

私は理解できなかったけれど、

大人たちはあなたのことを忘れたかのように口にしなくなった。

昨日まで一緒に遊んでいたあなたが、

突然いなかったことにされた。

私があなたのことを話そうとすると、

大人たちは強い口調で止めた。

私はあなたのことを話すことができなくなって、

あなたのことは記憶の奥底に沈んでいった。

あなたが隠されたように、

あなたの記憶も奥底に隠されていった。


あなたが隠されたまま、

月日は流れていった。

私は学生になり、それから就職して、

田舎町を出て行った。

都会の人の流れは田舎町のそれと全然違う。

都会に馴染むには時間がかかったけれど、

都会の人の流れに合わせるようになった。

私は田舎町のことを沈めて、

幼い頃の記憶も、学生の頃の記憶も沈めて、

私の中に隠してしまった。

私は都会に生きる大人だ。

神隠しがあったようなことは隠さなければならない。

あなたのことも、大人が隠したように私も隠そう。

都会では神隠しの話などできない。

だから隠さなければいけない。

神隠しで隠されたあなたは、

さらに隠された。


都会の生活に馴染もうとしていて、

ある時、悪いことが重なった。

健康を害してボロボロになった。

会社はそれでも働けと言った。

また、結婚を約束していた異性が、

心変わりして私を捨てた。

心身ともにボロボロになった。

とにかく自分がこの世で一番不幸と思った。

生きるために働かなくちゃ、

休んじゃダメだと考えたところで、

ぷつりと意識が途切れた。


私は倒れたらしい。

目を覚ましたそこは、花の咲き乱れる場所だった。

起き上がると身体が軽い。

今まで重くのしかかっていたものが全てなくなっている。

なんでこんなところにいるんだろうかと私は考えたけれど答えは出ない。

私に声をかける誰かがいる。

それは、あなただ。

幼い頃のあなたの声がする。

記憶に沈めたはずのあなたの声がする。

あなたが私の名前を呼ぶ。

いいなぁ、ちゃんと大人になれたんだねとあなたは言う。

覚えていてくれたからこちらに呼べたんだよとあなたは言う。

今まで苦しかったよね、つらかったよね、

あなたの声は私をねぎらう。

ここに隠れていれば、苦しいことは何もなくなるよ。

殴るお父さんもいないよ。

騒ぐお母さんもいないよ。

全部神様が食べちゃったからもういないんだ。

神様は苦しくない場所に隠してくれたんだ。

でも、隠れたら出ることはできないんだ。

大人にもなれないけれど苦しいことはないんだ。

今、そっちに行くねとあなたは言った。


私の前に現れたあなたは、

幼い頃のままの姿だった。

ああ、大人たちはわかっていたんだ。

あなたが虐待を受けていたこと、

虐待をしていた親を神様が処分して、

あなたのことを守るために隠してしまったこと。

あなたにはつらいことが多すぎた。

つらいことを忘れさせるために、

つらくない場所に隠さなければならなかった。

しかしそれは、あなたの時間を止めることでもあった。

あなたは幼い頃のまま、

大人になれずにここにいる。

その残酷さも田舎町の大人たちはわかっていた。

わかっていても、隠さなければならないほどだった。

神が隠してくれたのだから、

誰にも見つからないようにしてあげなければならない。

だから、みんなあなたのことを口にしてはいけない。

忘れるようにしなければいけない。

神の住まいで幸せにならなければいけない。

ただ、私はあなたの記憶を忘れきることができなかった。

奥底に沈めたままだった。

多分、みんなあなたのことを忘れてはいなかった。

幸せを信じて、記憶の奥底に沈めていたんだろうと、

今はそんなことを思う。


あなたは、私に触れた。

何か重苦しいものが抜けていった。

これからはいいことがあるよとあなたは笑う。

自分の分まで幸せに生きてとあなたは笑う。

私は何か言わなければいけないと思ったけれど、

言葉が出るよりも先に、意識が途切れた。

目が覚めたのは病院だった。

いつの間にか入院していた。

意識をなくして搬送されて、

検査の結果しばらく入院らしい。

ぼんやりしていたら、

会社のいろいろな人がお見舞いに来て、

偉い人は謝罪までしていった。

しばらくの入院の間に、

勝手に周りが好転していった。


退院して元気になってから、

神の住まいにいるあなたを思う。

幼い頃のままで生きているあなたの分まで、

私は生き抜かなくちゃと思う。

そして、言葉にはしないけれど、

あなたのことを覚えていようと思った。

私にはそれしかできない。


私の記憶の中、

神隠しされたあなたは、

記憶に隠されることなく笑っている。

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