部屋から荷物を全部運びだして、
部屋はがらんどうになった。
もう、何にもない。
私は今日、この部屋を出て行く。
一人暮らし用の部屋だった。
大学への通学に何とか出来る程度の距離で、
治安のいいところを選んだ。
候補に出したほかの部屋で、あんまり家賃が安すぎると、
親がすごく不安になっていた。
その地域の治安は大丈夫なのとか、
近くに食材を買えるようなところはあるのかとか、
とにかく親はこの部屋に決まるまでとことん心配した。
大学生になって一人暮らしになるぞというところで、
ここまで親が口出ししてくるのかと、
私は最初げんなりした。
私は大人なんだからと突っぱねようとした。
それでも、大人と誇れるほどの経済力もなく、
まだまだ親のすねかじりでもあった。
そのくせ大学生になって大人になるんだという、
なんとも中途半端な年頃だった。
親といろいろな物件を見ながら、
ちょうどいい物件がこの部屋だった。
家賃も悪くない。周りの環境も比較的静かで、
少し自転車でも出せばスーパーがある。
駅までの距離も悪くない。
私と親は納得の上でこの部屋に決めた。
この部屋は、私のいろいろなことを受け止めてきた。
夜遅くまで講義をまとめようとしていたり、
一人暮らしの料理が上手く行かなくてげんなりしていたり、
成人したらお酒だと言って飲んでみたら、
あんまり美味しくなくてテンション下がったり、
恋をしたり、失恋したり、
いろいろなものを増やしてみたり、
いろいろな経験を増やしてみたり、
私のすべてを受け止めてきた部屋だった。
大学に通っている間、
私はずっとこの部屋に帰ってきていて、
この部屋という帰る場所があるから、
私はどんなことでも成し遂げられたし、がんばれた。
実家の親もこの部屋に私を預けていることで、
過剰に心配せずに見守っていてくれた。
最初にちゃんと部屋を選んでくれたのは、
親の愛だったのだなと後になって思った。
もうすぐ親の手を離れる私を、
最後まで守ってあげたいと思って、
この部屋を選んだのだなと、後になって思った。
大学も終わりの頃、
私は周りがそうであるように就職を決めた。
希望していた職種に就職ができて、
それはこの部屋からは通えないところだ。
引っ越しが必要になる。
就職先がしっかり決まったところで、
私は次の物件を探した。
親に相談もしたけれど、
もう大丈夫だから、好きなところを選びなさいと言われた。
大丈夫と言われたことで、
やっと大人になれたのだなと思った。
次の物件を見つけて、
引っ越しの段取りを決めた。
大学の間に増やしたものを、
処分するものと持って行くものに決めて荷造りをした。
いろいろなことが思い出されてきた。
たくさんの青春がそこにあった。
大人になろうともがいている私の思い出が詰まっていた。
この部屋はそのすべてを包み込んでくれていた。
そして、旅立ちを後押ししてくれている。
私は泣きながら荷造りをした。
引っ越し業者に荷物を預け、
私はがらんどうの部屋にいる。
手続きはもう終わった。
私の思い出を示すものは何もない。
それでもこの部屋はずっと私を守ってくれていた。
きっと、次に入ってくる誰かのことも、
この部屋はあたたかく迎えてくれるだろう。
大学からほど近い部屋だ。
大学の後輩が入るかもしれない。
大人になり切れなくて、もがいている誰かかもしれない。
この部屋はそんな誰かのことも守ってくれるだろう。
がらんどうの部屋に、
私はありがとうと言葉を投げる。
何ひとつ残っていない部屋だけど、
なんだか部屋が嬉しそうに感じられた。
私は居心地のいいこの部屋から旅立つ。
いままでありがとう。
この部屋はとても居心地がよかった。
巣から飛び立つ若鳥のような気持ちで、
私はがらんどうの部屋を出る。
これから何が待っていようとも、
きっと大丈夫だと、
あの部屋が言っているような気がした。
大丈夫。私も一人で繰り返す。
きっと、大丈夫。