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第263話 一難去ってまた一難

僕はかわいいぬいぐるみ。

持ち主のお姉さんといつも一緒。

鞄に下げられている、

透明のケースが僕のお出掛けの定位置。

お出掛けの時はその柔らかいケースに入って、

お姉さんと一緒にいろいろなものを見る。

お食事の時は、お店の人に許可を得てから、

ケースから出してもらって、

美味しいお食事と一緒の写真を撮ってもらう。

僕と一緒に映ると、お食事も引き立つよね。

僕はお姉さんのお気に入りのぬいぐるみ。

どこでも一緒。


ある日。

僕はお姉さんと一緒に遠出した。

電車に乗って、飛行機に乗って、

バスにも乗って、遠い所へ。

たくさんの風景を見た。

お姉さんと一緒にいられることがとってもうれしかった。

お姉さんは目的地に向かう。

僕は透明のケースの中で風景を見ている。

不意に、透明のケースの金具が外れた。

鞄からぶら下がっていた僕の入ったケースは、

落っこちてしまった。

大きな音を立てていないから、

お姉さんは気が付かない。

僕はここだよ。

僕は叫ぶけれどその声は届かない。

僕は遠くの地で置いてきぼりになってしまった。


僕は透明のケースに入ったまま、そこに落ちていた。

動きがあったなと思ったら、

野良猫が僕のケースをくわえていた。

何を思ったのか、ケースをくわえたまま走り出してしまった。

とにかく止まって止まってと僕は叫ぶ。

野良猫はケースをくわえて走って、

ある場所で人間に声をかけられて、

びっくりしてケースを落とすと、

そのまま野良ネコは逃げていった。

僕はよくわからないところに置いてけぼりになった。


周りはゴミがあるみたいだ。

僕はゴミと一緒に出されちゃうのかな。

そしたらお姉さんに会えなくなっちゃうな。

どうにか会えないかなと願うけれど、

ぬいぐるみがそんなことできるわけがない。

悲しい気持ちになっていたら、

透明のケースごと、僕が浮いた。

何事と思って周りを見たら、

透明のケースがカラスの足でつかまれて飛んでいる。

このままじゃさらに遠くに行っちゃって、

お姉さんが見つけられないところに行っちゃう。

絶対に帰れなくなっちゃうし、

絶対ゴミになっちゃう。

そんな悲しいことは嫌だと思う。

帰りたい、帰りたい。

僕は願うけれど、

カラスはケースをつかんだまま、

町をどんどん飛んでいってしまう。

どんな町か全然わからない。

ここでゴミになっちゃうのかなと僕は悲しくなった。


カラスが大声で鳴きだした。

カラスより大きな鳥が来たらしい。

威嚇だろうか。

カラスは僕に構っていられなくなったのか、

僕の入ったケースを落として、

大きな鳥と縄張り争いをし始めたらしい。

僕はと言うと、

透明なケースごと落っこちていく。

ここがどこなのかわからない。

ただ、水のないところに落ちるといいなと僕は思った。

誰か、いい人に見つかって、

落とし物だと届けられるといいなと願った。


僕は芝生の上に落っこちた。

公園とか、美術館とか、なんだかそんなところかなと僕は思う。

ここならだれかに拾ってもらえるかなと思った。

足音が近づいてきた。

誰かな、拾ってくれるのかなと僕は期待する。

拾ってくれた人は、僕の持ち主のお姉さんだ。

ないと思ったらこんなところに落ちてた、って言ってた。

この芝生のあるところは、

お姉さんの見たいものがあるところの近くだったんだね。

僕は大冒険をして、

お姉さんの近くにたどり着けたんだね。

よかったぁと思った。


一難去ってまた一難。

お姉さんに会えないんじゃないかと思ったけれど、

こうして、お姉さんのもとに帰って来れてよかった。

結構大変な思いをしたんだけど、

ぬいぐるみの言葉は届かないから、

これは僕の秘密になっちゃうね。

ただ、もう、こんな冒険はこりごりだから、

新しいケースにしてくれると嬉しいな。

今度は外れないのがいいな。


僕はいつでもお姉さんと一緒。

また一緒にお出掛けしようね。

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