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第264話 それは一大事

明日は面接だ。

今まで仕事ができなかったけれど、

明日の面接次第では、

ようやく仕事ができるようになるかもしれない。

仕事をして収入を得る。

それが生きることになる。

この面接で生きられるかが決まると言っても過言ではない。

でも、問題がある。

面接に着ていく服がない。

一大事だ。


この部屋にはよれよれの服しかない。

見た目印象は最悪だ。

今から洗って乾かしても、

そもそも面接に合わせた服でないことは明らかだ。

仕事を求めに行ったのに、

ふざけているのかと思われるような服しかない。

そもそも、服を買いに行くための服がない。

面接ならばしかるべき服を着なくてはならない。

そのしかるべき服を買いに行くための服がない。


私は、とある世界を追い出された存在だ。

国を持っていて軍を持っていた。

統治していたはずだったが、

いろいろと私が邪魔になってしまって、

罪人として世界から追放された。

この世界には魔法がない。

私は何の力も持たない。

その日の糧にも困るほどの状態だった。

ひもじい思いをしている私を、

幼い兄と妹が見つけた。

お家おいでよと言ったので、

弱った私は彼らについていった。


彼らの家は、大きくあったが、

親の気配が全くなかった。

使用人の気配もない。

困ったときはお金を使えとだけ言われて、

幼い彼らは放置されているらしい。

家の中は荒れ果てていて、

幼子が暮らすものではない。


私は国を動かすほどの存在ではあったけれど、

あの国にもこんなに困っている子どもがいただろうか。

国をまとめているつもりになって、

こぼれていた子どもがいなかっただろうか。

私は決心した。

まずはこの子どもたちを育て上げよう。

そのために、私は働かなくてはならない。

子どもたちから、

どんな仕事があるのかを聞き出して、

この世界の仕組みを聞き出して、

家を片付けながらこの世界を覚えつつ、

電話の使い方を覚えて、

家にあったパソコンというもので、

調べ物をするということを教えてもらった。

とても頭のいい子どもたちだ。

こんな子どもたちが困っていたら助けなくてはならない。

私はこの世界のことを飲み込みつつ、

仕事を調べた。

電話でいくつか断られた後、

面接までこぎつけた。

それが翌日に迫っているとき、

私は異世界の装束を着たままに待っていることに気が付いた。

洗濯すれば汚れが落ちるだろう。

乾燥機というものは、洗濯物をすぐさま乾かす。

しかし、この服はこの世界とは全然違う服である。

面接に行けば、ふざけていると言われるような服だ。

翌日に間に合うように、

面接に着ていく服などあるだろうか。

大問題で一大事だ。

私が生きることだけでなく、

この子たちを育てることにもかかわる。


幼い兄が、困っている私を見て、

家のとある部屋に案内してくれた。

そこは親たちが物を置くだけ置いて放置していた部屋らしい。

帰ってくるかわかんないから使っちゃおうという。

良心が咎めたが、

背に腹は代えられない。

彼らの残していったたくさんの物の山を探索する。

男物の衣類が出てきた。

どうやらこの世界の正装であるようだ。

あまり使った形跡はなく、

着てみたところ問題なく着れる。

親たちの残していった物の山を探索していると、

役に立ちそうなものがたくさん出てきた。

これならば明日の面接も何とかなるかもしれない。

あとは私の答え方次第だろう。

私は幼い子どもたちに言う。

私が働いて、君たちを育てていく。

君たちを立派な大人にする。

幼い子どもたちはきょとんとした後、

ありがとうと笑った。


なんとか、この世界の服が手に入った。

この世界の仕組みもわかってきた。

家の仕組みもわかってきたところで、

子どもたちを寝かしつけて、

私は家の中をもっと調べた。

親の部屋の机の引き出しに、

手紙が入っていた。

そこには祈りのような願いがかかれていた。

自分たちではこの子たちを育てられない。

お金は残せたけれど、

成長するまでともにいることができない。

誰か、いい人がこの子たちを育ててくれますように。

この病魔の進行は速い。

どうか、この子たちを誰かが守ってくれますように。

走り書きのこの手紙を私は読んだ。

親はこの一大事を隠し続けていたのだろう。

お金があればなんとかなって欲しい。

それしか残せないほど病んでいたのだろう。

そしておそらく親は帰ってこない。

子どもたちには伝えられないけれど、

私が子どもたちを育てていこうと思った。

国という枠組みからこぼれてしまった子どもを、

今度こそ救い上げよう。


いくつも準備がある。

履歴書というものは丁寧に。

学歴というものは、こちらの世界でないから、

この子たちの親のものを使わせてもらうことにした。

身分証明も使えるかもしれない。


生きるか死ぬかの瀬戸際の一大事。

異世界を追放されてきた私と、

親が消えた子どもたちは、

ともに強く生きていく。

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