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第267話 内気なあなた

あなたは内気。

言葉を言おうとしても、

それが誰かを傷つけるかもしれないと思って、

飲み込んでしまう人。

内気であると同時に、

優しすぎる人。

それゆえにみんなに馴染めない人。


あなたはいつもひとりぼっち。

孤独を愛している訳でなく、

誰を傷つけることもしたくないし、

誰からも傷つけられたくないから。

あなたに傷をつけるようなものはないのに、

あなたの何が傷をつけてしまうかが怖くて、

あなたは誰からも距離を置いてしまう。

それでも、みんなのいないところで、

あなたはそっとみんなの手助けをしている。

みんなはそんなことを知らない。

あなたも声を上げるわけでもない。

ただ、あなたがしたことでみんなが楽になれればいい。

あなたがしたことだと気が付かれなくていい。

お礼なんて言われなくてもいい。

そんな気持ちで、あなたは見えないところで、

みんなの手助けをしている。


あなたは好きな人がいる。

その人は、困りごとを抱えている人だ。

あなたはとても内気だけど、

好きな人の手助けになりたいと思った。

勇気を出して手を差し伸べた。

その手は手酷く振り払われた。

あなたはうつむいていた。

うつむいて、その場を去った。

あなたは傷ついた。

誰も傷つけたくないと思っていたあなた。

誰にも傷つけられたくないと思っていたあなた。

そのあなたの勇気を出して差し伸べた手を振り払われて、

あなたは傷ついた。

けれどあなたは優しすぎるから、

あなたの傷よりも、困りごとを何とかしてあげたいと思った。

あなたは何度も手を差し伸べた。

差し伸べた手は振り払われたり、

また、ひどいことに利用されようとした。

あなたはその度に傷ついた。

それでもあなたは手を差し伸べ続けた。

内気なあなたの精一杯。

優しすぎるあなたの精一杯。

好きな人が困っていたら、

あなたは何でもしようとした。


あなたの心には傷が増えていった。

困りごとを抱えた人を何とかするため、

あなたも困りごとを抱えて、

そしてあなたは傷ついた。

あなたには重すぎる困りごとだった。

それでも何とかしようとした。

周りに助けは求められなかった。

あなたが何とかしなくてはと思っていた。


あなたの困りごとの重荷が、

かなりのものになる前に、

誰かがあなたの重荷に気が付いた。

いつもあなたがそっと手助けをしていたことに気が付いた誰かが、

そのあなたが困っていると気が付いた。

あなたがそうしたように、

当たり前のように自然に、

手を差し伸べて助けた。

見返りも求めなかった。

あなたがそうしたように、

あなたが楽になればそれでいいと思った。

あなたのまわりには、今まで助けてもらったみんなが、

自然とあなたを助けていた。

あなたはみんなになくてはならない心地いい空気のような存在だった。

その空気が澱んでいたら、みんなが困る。

なんとかしてあげようとみんなが立ち上がる。

内気で誰の助けも求められなかったあなたに、

たくさんの手が差し伸べられる。

困りごとを抱えていた人も、

救いの手が差し伸べられる。

たくさん、たくさん。


あなたも、困りごとを抱えていた人も、

こうしてみんなが救われた。

救いを神や仏に求めるのも、

宗教としてはあるのかもしれないけれど、

救いの手というものは、

人間の間にあるものかもしれないと思う。

上から救いがやってくるのでなく、

人と人の間に生まれるもの。

それが救済につながるのかもしれない。


人知れず誰かを助け続けていたあなたは、

助けていたたくさんのみんなに助けられた。

傷つけないようにと距離を置いていた内気なあなたは、

距離を置きながらも誰かを助けずにはいられなかった。

あなたは誰も知らない聖人のような人だった。

どこにも記されない、

あなたにかかわったみんなだけが知る、

とても内気な聖人だった。


今日もあなたはひとりぼっち。

その周りには心地いい空気が流れている。

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