異国のエアポート。
そこにある郵便局からエアメールを出す。
今から私は飛行機に乗る。
エアメールは大切なあなたのもとへ。
世界中を旅する私からの、
エアポートからのエアメール。
今回の国のことをつづり、
これからの国のことをつづる。
旅はもうしばらく続くけれど、
あなたには心配しないでほしいし、
この空で繋がっていると思ってほしい。
そんな気持ちも乗せて、
異国のエアポートからエアメールを出す。
私の肩書きは音楽家になる。
音楽の楽しさを世界中隅々にいきわたらせるべく、
世界中を旅する音楽家だ。
その国の音楽も楽しみ、
今まで得てきた音楽も伝えて、
音楽で世界をひとつにできればと思っている。
平和とかは副産物として、
とにかく世界中に音楽が満ちてほしい。
音楽を演奏すれば、
誰もが音楽の旋律やリズムに聞き入る。
言葉がわからなくても、音楽は通じる。
どんなところにも音楽があってほしい。
そんな、偏った理想を持った音楽家だ。
どこかに所属している音楽家ではない。
ただ、実家が資産家だったので、
その青臭い理想を極めて来いと、
背中を押されるような、追い出されるような感じで、
世界中を旅する音楽家になった。
音楽に関する歴史などは、
旅の最初はほとんどなかった。
言葉に関してもほとんどダメだった。
これで実家の援助がなかったら、
治安の悪いところに引き込まれて、
殺されて金を奪われて終わっていた。
事実、それに近いことは何度もあった。
その度に手痛い目に遭ったけれど、
実家の援助が繋いでくれたし、
医療にかかる金もあった。
痛い目に遭って、差別にもあって、
それでも青臭い理想を掲げ続けて、
音楽を広めようとした。
言葉が通じなければ音楽がある。
見たことのない楽器でも、
演奏方法を見よう見まねで鳴らした。
下手くそだった。
みんなに笑われた。
何でもいい、とにかく音楽を広めたい。
その一心で演奏していたら、
下手くそな演奏は音楽になっていった。
周りで旋律が増えていった。
実家の援助という、かっこ悪い立場から始まった旅は、
若さゆえの無茶と無鉄砲とかなうはずのない理想を掲げて、
なんとも無様なはじまりだった。
実家に帰らずに旅を続けて、
いろいろな国の言葉を体当たりで学んでいった。
危険に対しても勉強してきた。
その国で音楽を広めつつ、
短期の職に就く方法も学んだ。
音楽を広めることでちょっとした収入も得られるようになった。
しばらくしたら、動画を撮るということもできるようになって、
動画の広告収入も得られるようになった。
世界中を旅していくにあたり、
やがて実家の援助が要らなくなった。
演奏できる楽器の数も増えた。
資産家の実家には、兄弟や親がいる。
無様な理想主義のはじまりを、
援助してくれた存在だ。
旅をしながら、みんなに対して、
エアポートからエアメールを出す。
実家に帰らないので、
みんながどんな風になっているのかわからない。
私もだいぶ年を取ったし、
親も年を取っただろう。
兄弟が実家を継いでいるかもしれない。
向こうからはエアメールが届かないから、
心配しないでほしいという気持ちで、
エアポートからエアメールを出す。
旅はもうしばらく続くけれど、
そろそろ実家に顔を出そうかと思う。
青臭い理想を貫いていた私を、
どう迎えてくれるかが不安でもある。
家族の中にいないものとして門前払いされるかもしれない。
私が選んだ道とはいえ、
私を支えてくれた家から門前払いされたらそれはつらい。
音楽で世界を繋ごうとしているけれど、
家族を繋げられるかが怖い、臆病者でもある。
実家に帰る日取りが決まったら、
また、エアポートからエアメールを出そう。
世界中を旅してきたけれど、
はじまりはやっぱり家なんだ。
どこよりも近くて遠い、
どんな国よりも行くのに勇気が必要な場所。
ただいまと言ったら迎えてくれるだろうか。
おかえりと言われたら、なんだかすべてが報われるような気がする。
飛行機の搭乗案内が流れる。
私は搭乗ゲートに向かった。