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第269話 エアポートから手紙を出す

異国のエアポート。

そこにある郵便局からエアメールを出す。

今から私は飛行機に乗る。

エアメールは大切なあなたのもとへ。

世界中を旅する私からの、

エアポートからのエアメール。

今回の国のことをつづり、

これからの国のことをつづる。

旅はもうしばらく続くけれど、

あなたには心配しないでほしいし、

この空で繋がっていると思ってほしい。

そんな気持ちも乗せて、

異国のエアポートからエアメールを出す。


私の肩書きは音楽家になる。

音楽の楽しさを世界中隅々にいきわたらせるべく、

世界中を旅する音楽家だ。

その国の音楽も楽しみ、

今まで得てきた音楽も伝えて、

音楽で世界をひとつにできればと思っている。

平和とかは副産物として、

とにかく世界中に音楽が満ちてほしい。

音楽を演奏すれば、

誰もが音楽の旋律やリズムに聞き入る。

言葉がわからなくても、音楽は通じる。

どんなところにも音楽があってほしい。

そんな、偏った理想を持った音楽家だ。


どこかに所属している音楽家ではない。

ただ、実家が資産家だったので、

その青臭い理想を極めて来いと、

背中を押されるような、追い出されるような感じで、

世界中を旅する音楽家になった。

音楽に関する歴史などは、

旅の最初はほとんどなかった。

言葉に関してもほとんどダメだった。

これで実家の援助がなかったら、

治安の悪いところに引き込まれて、

殺されて金を奪われて終わっていた。

事実、それに近いことは何度もあった。

その度に手痛い目に遭ったけれど、

実家の援助が繋いでくれたし、

医療にかかる金もあった。

痛い目に遭って、差別にもあって、

それでも青臭い理想を掲げ続けて、

音楽を広めようとした。

言葉が通じなければ音楽がある。

見たことのない楽器でも、

演奏方法を見よう見まねで鳴らした。

下手くそだった。

みんなに笑われた。

何でもいい、とにかく音楽を広めたい。

その一心で演奏していたら、

下手くそな演奏は音楽になっていった。

周りで旋律が増えていった。

実家の援助という、かっこ悪い立場から始まった旅は、

若さゆえの無茶と無鉄砲とかなうはずのない理想を掲げて、

なんとも無様なはじまりだった。


実家に帰らずに旅を続けて、

いろいろな国の言葉を体当たりで学んでいった。

危険に対しても勉強してきた。

その国で音楽を広めつつ、

短期の職に就く方法も学んだ。

音楽を広めることでちょっとした収入も得られるようになった。

しばらくしたら、動画を撮るということもできるようになって、

動画の広告収入も得られるようになった。

世界中を旅していくにあたり、

やがて実家の援助が要らなくなった。

演奏できる楽器の数も増えた。

資産家の実家には、兄弟や親がいる。

無様な理想主義のはじまりを、

援助してくれた存在だ。

旅をしながら、みんなに対して、

エアポートからエアメールを出す。

実家に帰らないので、

みんながどんな風になっているのかわからない。

私もだいぶ年を取ったし、

親も年を取っただろう。

兄弟が実家を継いでいるかもしれない。

向こうからはエアメールが届かないから、

心配しないでほしいという気持ちで、

エアポートからエアメールを出す。


旅はもうしばらく続くけれど、

そろそろ実家に顔を出そうかと思う。

青臭い理想を貫いていた私を、

どう迎えてくれるかが不安でもある。

家族の中にいないものとして門前払いされるかもしれない。

私が選んだ道とはいえ、

私を支えてくれた家から門前払いされたらそれはつらい。

音楽で世界を繋ごうとしているけれど、

家族を繋げられるかが怖い、臆病者でもある。


実家に帰る日取りが決まったら、

また、エアポートからエアメールを出そう。

世界中を旅してきたけれど、

はじまりはやっぱり家なんだ。

どこよりも近くて遠い、

どんな国よりも行くのに勇気が必要な場所。

ただいまと言ったら迎えてくれるだろうか。

おかえりと言われたら、なんだかすべてが報われるような気がする。


飛行機の搭乗案内が流れる。

私は搭乗ゲートに向かった。

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