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第270話 それは魔法の詠唱

国の魔導士の膨大な魔力を使って、

世界を超えて異世界人を召喚した。

異世界人の力を使うことで、

この世界の歪んだバランスを正そうとしているらしい。

国や世界のことはよくわからない。

ただ、私は異世界人の世話役を命じられた使用人に過ぎない。

突然呼び出されてしまった彼が、

逃げ出さないように見張っているという意味合いもあるけれど、

彼に不自由ない生活を送ってもらいたいと思っている。

とりあえず言葉は通じるように魔導士が術をかけてあるので、

私は異世界人の彼といろいろな話をする。


食事は口に合っているみたいで安心した。

世界地図を広げて、

ここに町があるとか、

ここに国があるなどの話はできる。

ただ、世界情勢となるとよくわからないことが多い。

政治のことなんかは私ではさっぱりだ。

でも、世界地図を見ながら、

今日食べた食材はここから運ばれてきたとか、

そんな話はできる。

彼は世界地図を見ながら興味津々だ。

街道はここだとか、

空を飛ぶ魔法があればここからここまでをすばやく移動できるというと、

この世界は魔法があるのかと彼は驚いた。

そのあとで、そうか、俺も魔法で呼び出されたんだなと納得する。

彼は、魔法はみんなが使えるものかと問う。

私は、特殊な詠唱と、魔力の素質がないと難しいと答える。

詠唱かぁと彼はため息をつく。

私が一介の使用人なのは、

魔法の詠唱が使いこなせなかったからだ。

あの複雑な詠唱をこなせないと、

魔法を使うものとして上の階級には行けないし、

魔法を使えないと、ちょっとしたことでも魔法を使うものに頼ることになり、

その度に高額の報酬を要求される。

魔法が使えたらなと私はこぼした。

彼は何とかしてやりたいなぁと言ってくれた。

その気持ちだけで十分だ。


彼と私は、与えられた部屋から庭に出て、

この世界の植物を学んだ。

彼なりに、彼のいた世界に似たものがあると理解しているらしい。

庭の端に、花をつけなくなった木がある。

かなりの樹齢で、寿命だろうと言われている。

大きな木なのだけど、弱っていることが見て取れる。

彼は、大きな老木を見ながら、何かを唱えだした。

それはまるで魔法の詠唱だ。

彼の周りに見てわかるほどの魔力の渦ができて、

その魔力が老木にそそがれる。

老木はみるみる生命力を回復していく。

彼が魔法の詠唱を終えると、

そこには蘇った大樹があった。

彼自身も驚いていた。

私が、どこで魔法の詠唱を覚えたのかと尋ねた。

彼は、魔法の詠唱と思っていなかったらしい。

彼の世界の、歌というものが、

この世界では魔法の詠唱になるのかもしれないとのことだ。

彼が唱えたのは、彼の世界で流れていた、

気になる木がどうしたこうしたというものらしい。

うろ覚えの歌でこれだけの力があるのだから、

彼が覚えている歌をもっと使ったら、

この世界の魔法を使える人は増えるに違いないとのことだ。

彼の世界の歌。

それはこの世界の魔法の詠唱。

その魔法の詠唱で大樹がよみがえる。

彼には歌という力がある。


彼は彼の世界で、

たくさんの歌を聞いて暮らしていたらしい。

彼は覚えている限り、歌を歌ってみた。

それは心地いい魔法の詠唱になって、

さまざまの効果をもたらした。

軽快な歌、重々しい歌、悲しい歌、

歌うたびに彼は魔法を発動していった。

私はただただ驚くしかなかった。

彼は驚いている私を見て、

歌を覚えてみようと持ち掛けた。

彼の歌に合わせて、私も歌う。

それは魔法の詠唱になって、

私も魔法が使えるようになる。

彼はいくつも歌を教えてくれた。

たくさんの歌が私に力をくれた。


大まかに、歌が魔法の詠唱であることがわかってきた頃、

彼は王の前に呼び出されて、

その魔法の詠唱で世界のバランスを整えてほしいと、

彼は旅に出ることになった。

私は彼の残した歌を使って、

一介の使用人から国の魔導士になった。

国の中枢のいろいろな情報を読むことができるようになった。

異世界人の彼がどこで何をしているかの情報が入ってくる。

彼は世界のバランスを整えていて、

世界はいい方向に変わっているらしい。


彼が進む先にはいつも歌がある。

その歌は、この世界にとっては魔法の詠唱。

力を持ったものだ。

その歌を歌いながら、

彼は今日もどこかで歌を広めている。


この世界のみんなが魔法を使えるようになる日も近い。

それはきっと、歌が世界に満ちるときだ。

その時が楽しみだなと私は思う。

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