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第272話 遠雷が鳴っている

遠くで雷の音がする。

嵐が近いのかもしれない。


今日は会社の会議がある。

この会議で、会社の命運をかけた発表をするつもりだ。

技術班が温めていた技術。

この技術を軌道に乗せれば、

この会社は救われる。

従業員も救われる。

その家族も救われる。

この技術が出ることによって、

人々の暮らしも一変する。

救われる人も多数いるに違いない。

希望の技術だ。

この技術を承認させるにあたり、

私はあらゆる質問に対する答えを考えてきた。

上層部を納得させる方法を幾通りも考えてきた。

救える人をたくさん救いたい。

この技術はそのための技術だ。


もうすぐ会議になろうとする頃、

会社のビルの外から遠雷が聞こえた。

嵐が近いのだろうなと思う。

この会議もきっと嵐になるだろう。

この会社の命運がかかっている。

私はこの技術を承認してほしいけれど、

もっといい手段を持っている誰かがいるかもしれない。

議論を繰り返すことにより、

もっと会社や世の中のためになることが浮かび上がるかもしれない。

それでも私はこの技術に賭けたいと思う。

折れたくはないと思う。

折れたくない皆が集まるのだから、

議論はきっと白熱して、

嵐のようになるだろう。

この会社も嵐の中にいるようなものだ。

沈まないようになんとかしようとしている、

船のような会社だ。

みんなで持ち場を守りつつ、

この嵐を越えようとしている。

世の中はとにかく生きづらい。

会社も、力がなければ淘汰される。

世の中という嵐に翻弄される木の葉のような船、

それがこの会社だ。

この嵐を越え、皆を救いたい。

誰一人取りこぼすことなく、

皆で越えていきたい。

私は会議に出したいことをもう一度復習する。

この技術は絶対通したい。

この会社を救うために。


外の遠雷は近づいてきている。

間もなく会議が始まる。

会議室に資料を置いて、

私は嵐の予感を感じる。

この技術が本当に会社を救えるのか。

いや、救えるはずだと、

私の中でいろいろな声がする。

救わなければならない。

この技術を考え出した技術班に報いるためにも、

それぞれの場所でこの会社を守ってきた皆のためにも、

この会社で働く皆を支えてきた家族のためにも、

私がこの技術を通さなければならない。

皆を納得させないといけない。

そのための言葉はあるか。

納得させ、うなずかせる言葉はあるか。

私は自分の内からあらゆる言葉を引っ張り出す。

心を動かす言葉はあるか。

その言葉で会社の運命が変わってしまう。

すべては私の言葉に託された。

私の言葉が世界を変える。

私の言葉で、会社が変わる。

私の言葉で、救えるか救えないかが決まってしまう。

私はその重さにくじけそうになる。

たくさんのものが私の言葉で変わってしまう。

私には責任がある。

私の言葉は運命を左右する。

泣き言なんて誰にも言えない。

私は、言葉の重さを感じながら、

静かに嵐を待つ。


会議室には続々と重役が集まる。

私のように、いろいろな案を持ってきたものも集まる。

今から言葉の嵐が繰り広げられる。

この嵐を越えられないと、

会社としては沈みかねない。

私はすべてを救うつもりだ。

ただの理想と笑われるかもしれない。

理想とともに沈むのかと言われるかもしれない。

けれど、私には技術がある。

この技術があれば、救われる。

全部救って、皆で笑おう。

それだけのものを私は持ってきた。

あとは、私がどれだけ皆の心を動かせるか。

その言葉にかかっている。

皆には、任せろと笑ったけれど、

大きな嵐の前に、なんとか踏みとどまろうとする私がいる。

逃げるわけにはいかないけれど、

重い責任を持ったまま、

なかなか前にも進めない。

私を信じてくれた皆が後ろにいるのを感じる。

進まなくては。


窓の外に雨粒がうちつけて、

雷はいよいよ近く。

嵐の中で会議が始まる。

この会社の命運をかけて、

私は言葉を投げかけた。


嵐を越えていこう。

みんなで力を合わせて。

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