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第273話 時間延長でお願いします

どうか、時間延長でお願いします。


私は、お話し屋という職業の方のもとにやってきた。

噺家と言うと、いわゆる落語の方を指すし、

ただお話を聞かせる職業ではない。

水商売の方になると、

話を聞かせる方でなく、

お客を持ち上げてお酒を飲ませたりお金を使わせる方になる。

そういう職業とも違う。

お話し屋とは、お話を聞かせる職業だ。

お客が何となく聞きたいというお話のジャンルを聞いて、

それに合わせたお話を語ってくれるという、

お話に特化した職業になる。


お話し屋も、プロになると、

時間延長をしたくなるほどすごいお話を聞かせてくれたり、

また、リピーターになりたくなるほどのお話し屋もいるという。

どんなお客にもピッタリ合うお話を語れるのは、

お話し屋でもごくごく限られた一部のプロであるらしい。

そんなプロのお話し屋は、

なかなか予約も取れないと聞く。

お話が聞きたい人ですぐに予約が埋まってしまうほどの人気であるらしい。

私は、そんなお話し屋の噂を聞いて、

興味を持ってかなり先の予約を取り、

どんなお話が聞きたいかをまとめて、

予約の日を心待ちにした。

どれほどのお話を聞かせてくれるのだろうか。

これほど噂になっているのだからすごいのだろうな。

期待は日に日に膨らんでいった。


お話し屋の予約の当日。

時間少し前に私はお話し屋のお店にやってきた。

お店自体は小さなものだ。

占い師のお店くらいのスペースと思ってほしい。

あれも小さなスペースでいいからなぁなどと私は思った。

お話し屋のお店は、小さな空間ではあるけれど、

どんなお話を語ってもそのお話の雰囲気を壊さないよう、

お店自体にあまり装飾がない。

それでもそっけないわけでなく、

お客とお話し屋を包み込むようなお店の作りをしている。

ここからすでにお話の空気ができているのかなと私は思う。


お話し屋が入ってきた。

どこか低姿勢なおじさんだ。

お話し屋を見ていると、

この人は攻撃して来ないだろうなと思わせる。

なんだかこの小さなお店に二人きりでも安心できる雰囲気がある。

だからみんなこのお話し屋さんのお話を安心して聞きに来れるのかもしれない。

お話し屋が、丁寧に挨拶をしてくれて、

私の緊張はスッと解れた。

私は、お話し屋に語ってほしいお話のジャンルを告げた。

お話し屋はちょっと考えて、

こんなお話があるんですがねと語りだした。


そこからは本当にお話し屋の独壇場だった。

今考えたお話しなのか、

あるいは、お話し屋のストックにあるものなのか、

私が欲しいと思っていたもの以上の、

惹きつけるお話がどんどん語られる。

お話の世界はどんどん広がっていく。

話術の巧みさも素晴らしい。

選ぶ言葉もわかりやすく、

お話の流れもわかりやすいのに、

先が読めずにどんどん聞きたくなる。

もっと聞きたい、このお話をもっと聞きたい。

このお話し屋は最高だ。

このお話にもっとどっぷり浸かっていたい。


お話に酔いしれていると、

お話し屋がちょうど時間でお話をしっかりまとめ上げた。

それは素晴らしい幕切れだった。

思わず感動すら覚えるほどだ。

それでももっとお話を聞きたかった。

このお話し屋のお話をもっと聞きたかった。

だから私は時間の延長をお願いする。

お話し屋は割増料金で、時間の延長を承諾して、

さらに面白いお話を披露してくれた。

そのお話もまた最高だった。

私は感動し、笑い、涙し、

お話に酔いしれた。


結局私は限界まで時間延長をしてお話を聞いた。

これほどお話に感動したことはないし、

素晴らしい時間を過ごしたと胸を張って言える。

私は次回のお話し屋の予約をしっかりとって、

お話し屋をあとにした。


次回もおそらくお話し屋の時間延長をお願いするだろう。

それほどのお話だった。

それまでにお金を貯めておかなければならない。


時は金なりとよく言ったものだと私は思った。

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