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第274話 王冠にふさわしいのは

まぁ、逃げ出した僕は王冠にふさわしくないよね。


ここはとある王国。

王宮では権力闘争。

病床にある王の後継ぎをめぐって、

病の王をほったらかしにして、

誰に着いた方が得か、誰の派閥に着くか。

そんなことばっかりだ。

王の兄弟、王の息子たち、

王の娘の伴侶、

それから色々な親戚。

みんなして王冠を狙っている。

僕はそれに嫌気がさして、

王宮から逃げ出した。

庶民に溶け込んで、次の王が決まるまで逃げようと思ったんだ。


身なりは庶民の冒険者に合わせた。

そんなに浮いていないと思うけれど、

浮いているとすれば、どこかの宿みたいなところで、

ほとぼり冷めるまで引きこもってもいいかと思った。

逃げるときに私物をいくつか持ってきたから、

それを売ればお金になるかと思ったけれど、

王宮から持ってきた私物であることに思い至って、

身元がバレたりしてしまうことに気が付いた。

うっかりしていたなぁ。

とにかく、庶民が使えるようなお金は持ち合わせていない。

僕の持ちだしたものは桁が違ってしまうらしい。

そこでもバレる恐れがある。

僕は考えた。

身なりが冒険者ならば、

冒険者らしいことをすればいい。

つまり、ギルドで依頼を受けて報酬を得る。

そうすれば暮らしていける。

冒険者として暮らしていければ、

王宮から逃げ出したとバレることはない。

それはとてもいい考えに思われた。

僕は早速ギルドに向かった。


ギルドでは、新人冒険者として登録された。

何も成し遂げたことがないのだから仕方ないよね。

僕は風変わりな新人冒険者として、

先輩冒険者の手引きのもと、

簡単な依頼をこなすことになった。

風変りと言われたのはちょっと心外だけど、

庶民に馴染み切れていないのかもしれないなと思った。

難しいね。

依頼は、治癒の谷の魔石の採掘。

治癒の谷は、世界に流れる生命力が表に出ている場所で、

そこに傷ついたいろいろな動物や魔物が集まる。

治癒の谷にある石は、治癒の力をまとって魔石になる。

また、力がとても濃く入っているので、

小さなものでもかなり重い。

その重い魔石を採掘してくる仕事だ。

傷を癒している動物や魔物は、

たまに気が立っているものもいる。

それらの魔物から逃げつつ、重い魔石を持ち帰る。

小指大の魔石でも持ち帰れればいいらしい。

逃げ足の早さだけがあれば十分で、

戦う必要はないとのことだ。

ちなみに、拳大の魔石が持ち帰れれば、

その魔石で死にかけのものも蘇らせるくらいの力があるらしい。

ただ、かなりの重さがあるそうだ。

すごいなと思った。


治癒の谷まで先輩冒険者と歩いていく。

先輩冒険者は、病に倒れた王の噂をしていた。

王の治世はとてもよかった、

こんなことをしてくれてうれしかったとか、

何とか回復していい治世をしてくれないかと言っていた。

僕もそう思う。

誰かが権力争いで王になるのでなく、

病の王が治る方がいい。

治癒の谷にたどり着くまでに、

先輩冒険者とはすっかり仲良くなった。


治癒の谷には、たくさんの生き物が傷を癒していた。

石がゴロゴロと転がっていて、

それらすべてが力を持っていて輝いている。

先輩冒険者が小さな石をがんばって持ち上げていた。

治癒の力が入っているからとても重いらしい。

僕は、拳大の石を手にした。

あれ、思ったよりそんなに重くないぞ。

これで死にかけの人が蘇るくらいなんだから、

赤ちゃんの頭くらいの魔石ならばどうかなと思い、

適当にそのくらいの魔石を見つけて持ち上げる。

ちょっと重いけれど持ち帰れないほどじゃない。

先輩冒険者には驚かれたけれど、

この魔石は僕の取り分でいいですかと尋ねると、

持って帰れればお前の取り分だと言ってくれた。

僕は僕なりに考えることがあった。

ちょっと重い魔石を僕は持ち帰って、

ギルドに出さずに、こっそり王宮に戻ってきた。


治癒の谷の魔石の力で、

病の王は劇的に回復した。

権力争いをしていたみんなが目を覚ました。

王が死ぬ前から何を言っていたんだ。

お前たちは王冠にふさわしくないと、

王はみんなを一喝した。

王が元気になってなによりなので、

僕はまた、身分を隠して冒険者にでもなろうと思っている。


王が王冠を譲ろうと思っているのが僕であることを知るのは、

ここからもうちょっとあとのことになる。

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