まぁ、逃げ出した僕は王冠にふさわしくないよね。
ここはとある王国。
王宮では権力闘争。
病床にある王の後継ぎをめぐって、
病の王をほったらかしにして、
誰に着いた方が得か、誰の派閥に着くか。
そんなことばっかりだ。
王の兄弟、王の息子たち、
王の娘の伴侶、
それから色々な親戚。
みんなして王冠を狙っている。
僕はそれに嫌気がさして、
王宮から逃げ出した。
庶民に溶け込んで、次の王が決まるまで逃げようと思ったんだ。
身なりは庶民の冒険者に合わせた。
そんなに浮いていないと思うけれど、
浮いているとすれば、どこかの宿みたいなところで、
ほとぼり冷めるまで引きこもってもいいかと思った。
逃げるときに私物をいくつか持ってきたから、
それを売ればお金になるかと思ったけれど、
王宮から持ってきた私物であることに思い至って、
身元がバレたりしてしまうことに気が付いた。
うっかりしていたなぁ。
とにかく、庶民が使えるようなお金は持ち合わせていない。
僕の持ちだしたものは桁が違ってしまうらしい。
そこでもバレる恐れがある。
僕は考えた。
身なりが冒険者ならば、
冒険者らしいことをすればいい。
つまり、ギルドで依頼を受けて報酬を得る。
そうすれば暮らしていける。
冒険者として暮らしていければ、
王宮から逃げ出したとバレることはない。
それはとてもいい考えに思われた。
僕は早速ギルドに向かった。
ギルドでは、新人冒険者として登録された。
何も成し遂げたことがないのだから仕方ないよね。
僕は風変わりな新人冒険者として、
先輩冒険者の手引きのもと、
簡単な依頼をこなすことになった。
風変りと言われたのはちょっと心外だけど、
庶民に馴染み切れていないのかもしれないなと思った。
難しいね。
依頼は、治癒の谷の魔石の採掘。
治癒の谷は、世界に流れる生命力が表に出ている場所で、
そこに傷ついたいろいろな動物や魔物が集まる。
治癒の谷にある石は、治癒の力をまとって魔石になる。
また、力がとても濃く入っているので、
小さなものでもかなり重い。
その重い魔石を採掘してくる仕事だ。
傷を癒している動物や魔物は、
たまに気が立っているものもいる。
それらの魔物から逃げつつ、重い魔石を持ち帰る。
小指大の魔石でも持ち帰れればいいらしい。
逃げ足の早さだけがあれば十分で、
戦う必要はないとのことだ。
ちなみに、拳大の魔石が持ち帰れれば、
その魔石で死にかけのものも蘇らせるくらいの力があるらしい。
ただ、かなりの重さがあるそうだ。
すごいなと思った。
治癒の谷まで先輩冒険者と歩いていく。
先輩冒険者は、病に倒れた王の噂をしていた。
王の治世はとてもよかった、
こんなことをしてくれてうれしかったとか、
何とか回復していい治世をしてくれないかと言っていた。
僕もそう思う。
誰かが権力争いで王になるのでなく、
病の王が治る方がいい。
治癒の谷にたどり着くまでに、
先輩冒険者とはすっかり仲良くなった。
治癒の谷には、たくさんの生き物が傷を癒していた。
石がゴロゴロと転がっていて、
それらすべてが力を持っていて輝いている。
先輩冒険者が小さな石をがんばって持ち上げていた。
治癒の力が入っているからとても重いらしい。
僕は、拳大の石を手にした。
あれ、思ったよりそんなに重くないぞ。
これで死にかけの人が蘇るくらいなんだから、
赤ちゃんの頭くらいの魔石ならばどうかなと思い、
適当にそのくらいの魔石を見つけて持ち上げる。
ちょっと重いけれど持ち帰れないほどじゃない。
先輩冒険者には驚かれたけれど、
この魔石は僕の取り分でいいですかと尋ねると、
持って帰れればお前の取り分だと言ってくれた。
僕は僕なりに考えることがあった。
ちょっと重い魔石を僕は持ち帰って、
ギルドに出さずに、こっそり王宮に戻ってきた。
治癒の谷の魔石の力で、
病の王は劇的に回復した。
権力争いをしていたみんなが目を覚ました。
王が死ぬ前から何を言っていたんだ。
お前たちは王冠にふさわしくないと、
王はみんなを一喝した。
王が元気になってなによりなので、
僕はまた、身分を隠して冒険者にでもなろうと思っている。
王が王冠を譲ろうと思っているのが僕であることを知るのは、
ここからもうちょっとあとのことになる。