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第281話 表通りを一本入って

表通りを一本入った路地。

そんなところに面白いものがある。


私は迷子になりにやってきた。

見知らぬ駅まで列車に乗って、

土地勘のない場所を歩く。

スマホの地図は使わない。

何があるかわからないこの町で、

私は迷子になりにやってきた。


駅から表通りを歩く。

ふむふむ。駅前の商店街。

昔ながらの食堂。

ラーメン屋もある。

ドラッグストアというよりも薬屋というような店構えの店。

昭和の頃からやっているであろう靴屋。

野菜と果物の店に並んでいるものは新鮮に見える。

惣菜屋からはいい匂いがする。

この町に暮らしている人たちが歩いている。

駅に向かっている人もいるし、

駅からどこかに向かっている人もいる。

帰る家が近いのかもしれない。

商店街で買い物をする人たちもいるし、

商店街の中でも新しめのお店では、

若い人が何か食べながら笑っている。

それなりに歴史のある駅前商店街なのだろうけれど、

新しい風も吹いているみたいで、

決して寂れてはいない。

面白いなぁと思いながら歩く。


商店街の表通りから、

適当に路地を一本入る。

こんなところに面白いものがある。

そんな気がする。


路地を入ると、飲み屋や料亭が軒を連ねている。

路地の入口あたりは、入りやすい大衆居酒屋が多い。

赤提灯が目立っていたり、

ビールのポスターが大きく貼られていたり、

駅からすぐの距離で一杯飲むにはちょうどいいところに居酒屋がある。

焼き鳥と書かれている店もあるけれど、

焼き鳥がメインのおつまみということで、

やっぱりお酒を飲むことが中心なのだろうなと思う。

路地をさらに入っていくと、

きれいに整えられた植木がある、

料亭が見えてくる。

飲み屋に比べると看板は控えめに出ている。

知る人ぞ知るなのかもしれない。

アルコールをとにかく飲むというのでなく、

食とアルコールと時間と雰囲気を楽しむ人向けなのかもしれない。

多分それだけお金もかかるのだろう。

予約必須だったり、一見さんお断りなのかもしれない。

外から見る分には、きれいな店構えだなと思う。

きっと中に入るとこの町とは思えないおもてなしなんだろう。


路地はさらに奥まで続いている。

どこまで続いていくんだろう。

路地に面して神社がある。

赤い鳥居のある小さな神社だ。

私はそこに手だけ合わせて、

さらに路地を進む。

どうやら商店街から住宅街に近いところになったらしい。

路地を進むと商店は少なくなるんだろうなと思う。

ふと、今までアスファルトを歩いていたのが、

土の路地を歩いていることに気が付く。

どこから変わったのだろうか。

周りをよく見ると、

どこか古い時代の街並み。

映像や写真でしか見たことないような、

どこか古い時代の街並み。

あの駅前商店街が昭和の頃からあるような感じだった。

今見ている住宅街は、昭和のあたり。

戦争が終わって、いろいろと整い始めた頃。

おそらく駅前商店街が出来始めた頃。

そこまで考えて、

なんでそんなことを思うのだろうかと。

今は昭和ではない。

駅前商店街に私がやってきたのは昭和ではない。

ならばなぜ住宅街は昭和そのものなのか。

明らかに私の来た時代ではない。

私はきっと迷い込んだ。

どこかで混線してしまった。


私は昭和の住宅街を歩こうとする。

私の前を子どもたちがかけていった。

私の時代でない子どもたちが。

一人の子どもが振り返った。

子どもは私を見て、

「へんなの、ちがう」

と、私を否定した。

私はその子どもに何か見覚えがあった。

子どもに何か声をかけるよりも早く、

私は路地に立っていた。

路地は料亭の並ぶところで行き止まりになっていて、

その先はなかった。


私は見知らぬ場所で散々迷子になって帰ってきた。

迷って楽しかったけれど、

子どものことが気にかかっていた。

そして、古いアルバムを見てようやく知る。

あの駅は父が幼い頃過ごしたあたりらしい。

古いアルバムには幼い頃の父がいた。

それはあの子どもだった。


私はまだ父の手の中にいるらしい。

今度はどこに迷子になりに行こう。

遠くで迷子になれたら楽しそうだと思う。

どこか遠く。誰の手も届かない場所で迷子になりに。

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