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第286話 河川敷でぼんやり

ぼんやり、どうしたらいいんだろうなぁと考える。


今日、会社を休んだ。

会社に向かおうとしたら、

不安が津波のように押し寄せてきて、

動悸がひどいことになって、

汗が噴き出して、

なんだかわけのわからないものに、

押しつぶされた感じになった。

ダメだと思って、無断欠勤した。

会社に電話をすることすらできなかった。

会社にかかわろうとすると、

心も身体も拒絶した。

なんだか、ダメだと思った。


とにかく会社には向かえない。

家にいたらなんだか不安につぶされる。

そう思って、家から出て別方向に向かった。

あてもなく列車とバスを乗り継いで、

とある町にやってきた。

どこでもいいやと思って町を歩いて、

橋が架かっているのを見た。

橋の下には広めの河川敷がある。

堤防に階段があるので降りていって、

河川敷に座ってぼんやりする。


会社はブラックじゃなかったはずなんだけどなぁ。

始業時間もそれほど早すぎることもないし、

終業時間も遅すぎるなんてこともない。

サービス残業もないし、

そりの合わない上司や同僚もいない。

裏で悪口を言われていたのを聞いたってこともないし、

みんなビジネスで働いているから、

仕事に対してはしっかりプロだ。

過剰にプライベートに入ってくる人もいない。

給料はしっかり出ているし、

生活が苦しいわけじゃない。

なんで今、会社を考えるのがダメなんだろうなぁと、

川が流れるのを見ながら考える。


川は下流の方なので、向かいの川岸までは広い。

流れは速くは見えないけれど、

川はどんな時でも流れているんだろうなと思う。

自分の何かが変わってしまったのかなと思う。

会社は変わらずあるのに、

自分が何か変わってしまったのか。

会社を無断欠勤したら、

今度は生活をどうしたらいいだろうか。

会社から逃げたらどこに行けばいいのだろうか。

川を眺めながらため息。

何も答えが出てこない。


河川敷の堤防の上から、

自分を呼ぶ声がした。

聞き覚えのある声だ。

それは会社の同僚の一人だった。

なんでと思った。

今頃仕事をしているはずじゃないかと。

同僚も驚いたようだった。

同僚が河川敷に下りてきて言うには、

会社に行こうとしたらなんだかダメだった。

会社に行くことを身体中が拒否した。

無断欠勤してあてもなくさまよっていたら自分がいたらしい。

自分と同じだと思った。

そのことを告げたら、同僚も驚いた。

驚いている私たちのもとに、

さらに声がかけられた。

別の同僚と上司だ。

すぐそこで落ち合ったらしい。

彼らも会社に行こうとしたら、

会社に行ってはダメだと身体も心も拒否したらしい。

私たちが驚いて話し合っている間に、

河川敷には会社に働く従業員も管理職も、

全てが集まってしまった。

みんな会社に不満が何ひとつないのに、

今日に限って会社に行くことを心身共に猛烈に拒否したらしい。

そして、なぜかこの町に、この河川敷に集まった。

不思議なこともあるものだなと思う。


スマホを見ていた誰かが気が付いた。

ニュースが流れてきたらしい。

会社のビルに、付近で手当たり次第に人を刺していた、

凶悪傷害犯が逃げ込んでいて、

今、籠城しているらしい。

人質にするような社員は一人もいないから、

間もなく警察官が突入して取り押さえられるだろうとのことだ。

そう、誰一人会社のビルにはいなかった。

今、河川敷にみんないる。

会社のビルに誰かが残っていたならば、

凶悪傷害犯が人質にしていたかもしれない。

あるいは殺されていたかもしれない。

逆上していたら、

会社のビルに火をつけて皆殺しになっていたかもしれない。

何かが守ってくれていたような気がする。


スマホのニュースでは、

通り魔的に人を刺していた犯人は、

警察官の突入で取り押さえられて、

刺された人たちも重傷には至らなかったという。

河川敷に集まっていた私たちはホッとした。


川岸の向こう、

会社の創業者が微笑んでいた。

ああ、あの人が守ってくれた。

私たちはお辞儀をした。

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