ぼんやり、どうしたらいいんだろうなぁと考える。
今日、会社を休んだ。
会社に向かおうとしたら、
不安が津波のように押し寄せてきて、
動悸がひどいことになって、
汗が噴き出して、
なんだかわけのわからないものに、
押しつぶされた感じになった。
ダメだと思って、無断欠勤した。
会社に電話をすることすらできなかった。
会社にかかわろうとすると、
心も身体も拒絶した。
なんだか、ダメだと思った。
とにかく会社には向かえない。
家にいたらなんだか不安につぶされる。
そう思って、家から出て別方向に向かった。
あてもなく列車とバスを乗り継いで、
とある町にやってきた。
どこでもいいやと思って町を歩いて、
橋が架かっているのを見た。
橋の下には広めの河川敷がある。
堤防に階段があるので降りていって、
河川敷に座ってぼんやりする。
会社はブラックじゃなかったはずなんだけどなぁ。
始業時間もそれほど早すぎることもないし、
終業時間も遅すぎるなんてこともない。
サービス残業もないし、
そりの合わない上司や同僚もいない。
裏で悪口を言われていたのを聞いたってこともないし、
みんなビジネスで働いているから、
仕事に対してはしっかりプロだ。
過剰にプライベートに入ってくる人もいない。
給料はしっかり出ているし、
生活が苦しいわけじゃない。
なんで今、会社を考えるのがダメなんだろうなぁと、
川が流れるのを見ながら考える。
川は下流の方なので、向かいの川岸までは広い。
流れは速くは見えないけれど、
川はどんな時でも流れているんだろうなと思う。
自分の何かが変わってしまったのかなと思う。
会社は変わらずあるのに、
自分が何か変わってしまったのか。
会社を無断欠勤したら、
今度は生活をどうしたらいいだろうか。
会社から逃げたらどこに行けばいいのだろうか。
川を眺めながらため息。
何も答えが出てこない。
河川敷の堤防の上から、
自分を呼ぶ声がした。
聞き覚えのある声だ。
それは会社の同僚の一人だった。
なんでと思った。
今頃仕事をしているはずじゃないかと。
同僚も驚いたようだった。
同僚が河川敷に下りてきて言うには、
会社に行こうとしたらなんだかダメだった。
会社に行くことを身体中が拒否した。
無断欠勤してあてもなくさまよっていたら自分がいたらしい。
自分と同じだと思った。
そのことを告げたら、同僚も驚いた。
驚いている私たちのもとに、
さらに声がかけられた。
別の同僚と上司だ。
すぐそこで落ち合ったらしい。
彼らも会社に行こうとしたら、
会社に行ってはダメだと身体も心も拒否したらしい。
私たちが驚いて話し合っている間に、
河川敷には会社に働く従業員も管理職も、
全てが集まってしまった。
みんな会社に不満が何ひとつないのに、
今日に限って会社に行くことを心身共に猛烈に拒否したらしい。
そして、なぜかこの町に、この河川敷に集まった。
不思議なこともあるものだなと思う。
スマホを見ていた誰かが気が付いた。
ニュースが流れてきたらしい。
会社のビルに、付近で手当たり次第に人を刺していた、
凶悪傷害犯が逃げ込んでいて、
今、籠城しているらしい。
人質にするような社員は一人もいないから、
間もなく警察官が突入して取り押さえられるだろうとのことだ。
そう、誰一人会社のビルにはいなかった。
今、河川敷にみんないる。
会社のビルに誰かが残っていたならば、
凶悪傷害犯が人質にしていたかもしれない。
あるいは殺されていたかもしれない。
逆上していたら、
会社のビルに火をつけて皆殺しになっていたかもしれない。
何かが守ってくれていたような気がする。
スマホのニュースでは、
通り魔的に人を刺していた犯人は、
警察官の突入で取り押さえられて、
刺された人たちも重傷には至らなかったという。
河川敷に集まっていた私たちはホッとした。
川岸の向こう、
会社の創業者が微笑んでいた。
ああ、あの人が守ってくれた。
私たちはお辞儀をした。