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55通目 食堂のおばちゃんに宛てて

食堂のおばちゃんへ


いつもおいしい食事を作ってくれて、ありがとうございます。

おかげで俺たち野球部は大会で好成績を残すことができました。

おばちゃんの食事のおかげです。

おばちゃんの作ってくれた食事で、

俺たちは力が出せたし、

身体もちゃんと育ったんだと思います。

この学校にスポーツ特待生として集まった俺たちの、

母みたいなおばちゃんです。

この学校がスポーツで有名になれたのは、

特待生の俺たちが集まったことだけでもなく、

指導者が優秀なことだけでもなく、

おばちゃんが力になる食事を作ってくれたからだと思います。

ありがとうございます。


この学校は、大学進学に力を入れていたけれど、

俺たちの前の代あたりから、

スポーツ特待生をガンガンとるようになったと聞きました。

俺たちが何か言うことじゃないですけど、

とにかく金はあるんだろうなと思います。

金に物を言わせるって、なんだか汚いって思わないでもないですけど、

金自体が汚いってわけでもないですし、

使いようなんだろうなと思ってます。

俺たちはそんな学校の金で引っ張られたスポーツ特待生でした。

あっちこっちからの寄せ集めの特待生は、

他の学生とは違う目で見られていました。

やっぱり金かとは思われてたかもしれないし、

結果が残せなかったら、いろんなところに迷惑がかかると思いました。

共通の話題も持ってないし、

寄せ集めの特待生たちはいろいろ距離があったんです。


その俺たちの距離を一気に近くしてくれたのが、

食堂のおばちゃんでした。

各地から集められたスポーツ特待生たちは、

学校の寮生活をしていて、

いつもおばちゃんの食堂で食事をします。

おばちゃんの美味い食事を食べていたら、

自然とみんな笑顔になって、

食事をきっかけに会話が始まりました。

どこから来たのかとか、

趣味は何だとか、

くだらない話をいっぱいしました。

おばちゃんの美味しい食事と、くだらない話で、

スポーツ特待生たちは兄弟や友達のように仲良くなれました。

いろいろなスポーツの特待生たちが食堂に集まって、

おばちゃんの食事で一緒に盛り上がります。

この学校に金で引っ張られた学生かもしれないですけれど、

おばちゃんの前では食事が楽しいただの学生です。

おばちゃんは家になかなか帰れない俺たちの母のような人でした。


金で集められたから、

とにかく結果を残さないといけない。

俺たちにはそんな重圧がありました。

毎日の厳しい練習にも、弱音は吐けませんでした。

金をもらっている以上、弱くあってはいけないと思っていました。

どれだけきつくても、折れちゃいけないと思っていました。

放課後のきつい練習を終えてから、

おばちゃんの食堂で食事をとる時、

おばちゃんは、よくがんばったねと声をかけてくれました。

あんたらは成長期なんだから、無理すんじゃないよ、とも。

身体壊して将来を棒に振っちゃいけないよと言いながら、

美味しい食事をてんこ盛りで出してくれました。

俺たちはこの学校で結果を出すことしか考えていませんでしたが、

俺たちはこの学校を卒業してからの時間もあって、

それは将来というもので、

身体を壊しては将来を棒に振ってしまう。

おばちゃんの言葉で、そのことにようやく気が付きました。

俺たちは、とにかく結果を出さなければならないと思っていましたが、

俺たちはいずれこの学校を卒業して、

それぞれの将来を進んでいく。

おばちゃんのおかげで未来が見えました。

今結果を残すことも必要かもしれないですけど、

俺たちには未来があるんだと、

おばちゃんが気付かせてくれました。

俺たちはてんこ盛りの食事をがつがつ食べながら、

練習がきつかったことや、

将来のことを話します。

将来俺たちは別々の道を歩むことになる。

でも、今この時、

俺たちはおばちゃんの食事を食べて、

練習できつかったことを話していて、

同じ方向を向いている仲間だと認識できました。

一緒にがんばろうと、改めて思えました。


俺たちは野球部でしたが、

いろいろなスポーツ特待生たちとも、

おばちゃんの料理を囲みながら話しました。

あっちこっちの地方からやってきて、

寮生活でがんばっている様子を見て、

俺もがんばらなくちゃなと思いました。

あっちもそんなことを思っていたのだと思います。

おばちゃんの料理は栄養も満点でしたが、

おばちゃんの愛情もたっぷり詰まっていました。

食べ盛りの俺たちが身体を作れるように、

腹を空かせることがないように、

でも、肥満にはならないように、

健康でいられるように、

俺たちのことを考え抜いた、おばちゃんの愛の食事でした。

実家の親の料理を思わないでもなかったですけれど、

おばちゃんの食堂は、

俺の二番目の家のような感じでした。

みんなと一緒にただいまと帰ってこれるような場所でした。

みんなの母のおばちゃんが、元気に食事を作ってくれる、

居心地のいい、あたたかい場所でした。

これを愛というんだと、俺は思います。

愛って、恋愛だけじゃないと思います。

おばちゃんが俺たちのことを考えて食事を作ってくれるのも、

立派な愛のこもった仕事です。

おばちゃんの愛と食事に俺たちはどれだけ助けられたかわかりません。


俺たち野球部は、今回こうして結果を残せて、

他のスポーツ特待生のいる部活動も、

軒並み好成績をおさめました。

指導者の先生なんかには嬉しいと言いましたけど、

俺たちは、おばちゃんにこの結果を報告したいです。

おばちゃんのおかげだと報告したいです。

校舎の見えるところに、

部活動の好成績や、有名大学の進学者数なんかの幕が掲げられますけど、

この幕を掲げられるようになった裏では、

おばちゃんがいつも笑顔で俺たちに料理を作ってたんだってことを、

俺たちは言いたいくらいです。

俺たちだけではこんな好成績は残せなかったんです。

おばちゃんが俺たちをここまで上にあげてくれたんです。


俺たちはもうすぐ部活動を引退になります。

今度の夏の大会が俺たちの最後の仕事です。

金で集められたスポーツ特待生かもしれませんけど、

その金に見合った仕事をするってことを、

なんとなく覚えられたような気がします。

学校の名をあげるために集められたかもしれないけど、

俺たちはちゃんと仕事ができたと思いますし、

仲間とともにしっかり俺たちの役目が果たせそうです。

おばちゃん、どうか、俺たちの最後の働きを、

見守っていてください。

そして、卒業までの寮生活の間、

美味い食事を食べさせてください。

おばちゃんの食堂はとても居心地がよかったです。

多分どこに行っても、

俺たちはおばちゃんの子どものようなもので、

食堂は俺たちが集まった家のような場所なんだと思います。

いつまでも俺たちの思い出の中に、

おばちゃんはいつづけるのだと思います。

いつもの明るい笑顔を、俺たちは思い出すんだと思います。

どんな料理を食べても、

おばちゃんの食事を思い出すんだと思います。

俺たちはいろいろな進路を決めると思いますけれど、

俺たちの中心にはおばちゃんの笑顔がありました。

この学校で過ごした日々のことを、

おばちゃんのことを絶対忘れません。

おばちゃんも、どうか、

俺たちが卒業した後も、ずっとずっと元気でいてください。

後輩たちにも美味い食事を作ってあげてください。

よろしくお願いします。

今まで、ありがとうございます。

ありがとうじゃ足りないくらい、たくさんの感謝を詰めて、

この手紙を終わらせます。


野球部のスポーツ特待生より

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