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56通目 貴金属修理屋さんに宛てて

貴金属修理屋さんへ


この度、祖母の遺品の貴金属をきれいにしてもらった者です。

先日は、丁寧なお仕事をありがとうございました。

あなた様から戻ってきました祖母の遺品の貴金属は、

曇りも汚れもなく、傷も修復されていて、

まるで新品であるようでした。

この家で代々受け継がれてきた貴金属でしたが、

さすがに年月が過ぎますと、くすんでしまうものです。

それらの貴金属を在りし日の輝きに戻していただき、

ありがとうございます。

祖母もここにいたら喜んでくれたことと思います。


どれくらい前の代から伝わっているものかはわかりませんが、

かなり古い貴金属装飾品もあり、

それらはかしこまったとき、あるいは祝いの席などで、

使われるなどの決まりがあったようでした。

貴金属はその代の当主が増やしていって、

その代の妻が身につけ、

さらに、娘や、息子の妻に受け継がれていったようです。

この家がいつまで貴金属が買えるほど豊かかわからない、

貴金属を受け継いでいって、

暮らしが困った時にはお金に換えなさい。

そんな教えもあると聞きました。

幸い家はそれほど暮らしに困ることなく、

私の親の代まで安定しています。

父親は新しい貴金属を母に贈り、

それらの貴金属もまとめて私が受け継ぐことになったようです。

その折に、受け継いできた貴金属を一度きれいにしようと、

貴金属修理屋さんにお声がけをいたしました。


祖父はこの家の中でも、かなり不器用な当主でした。

家が継いできた家業などは難なくこなしたのですが、

妻である祖母の愛をどうしたら得られるのかわからない祖父でした。

家が豊かなものですから、

家に代々継がれている貴金属で気を引こうともしました。

妻になった祖母にさらに貴金属を贈って、

これだけ愛しているんだと、なんとかわかって欲しいと、

不器用ながらにがんばる祖父でした。

当時の祖母はあまりうれしくなかったようでした。

お金で心が買えると思われているようだと、

後に幼い私に言っていました。


転機は祖母が風邪をひいたことだったと聞きました。

祖母は熱にうなされて寝込んで、

祖父はひたすらオロオロしていたと聞きました。

寝込む祖母の手を握り、生きてくれと泣いていたと聞きました。

貴金属も風邪には効果がありません。

お金なんてこの時ばかりはあっても仕方ありません。

ただ、お医者様の処方されたお薬を飲んで、

しっかり休むばかりです。

祖父はそれでもオロオロしていたと聞きます。

何かできることはないか、祖母を元気にさせるにはどうしたらいいか、

祖父は料理などできません。

医学の知識もありません。

お金はありましたが、それだけです。

なんて無力なんだと思いながら、

祖母の手を握って泣いていたと聞きました。

祖母の熱が下がって目を覚ました時、

強く手を握りしめたまま眠っている祖父がいたと聞きました。

祖母は、この時初めて、

高価な贈り物もすべて不器用な愛だったのだと思ったそうです。

愛を貴金属で表現することしかできなかったのです。

他に何ひとつできない祖父だったのです。

祖母が風邪をひいたら、泣きながら手を握ることしかできない祖父だったのです。

何もできないけれど、

愛は確かにあったのです。


祖父の代で代々受け継ぐ貴金属はかなり増えました。

それらはほとんど、祖母に贈られたものです。

これが似合うだろうとか、

こんな席にはこんな貴金属がいいとか、

祖父なりに選んで贈った数々でした。

祖父と祖母は年齢を重ねても仲睦まじく、

その間には確かに愛がありました。

貴金属だけが繋げた愛ではなく、

たくさんの愛のやり取りがあったことと思います。

子宝にもたくさん恵まれて、

孫たちを見届けて、

祖父は大往生して、

祖父の生き様をしっかり見届けた祖母も、

昨年に亡くなりました。


貴金属修理屋さんは、

たくさんの貴金属を見てきたと思います。

貴金属の装飾品には、

たくさんの思いが詰まっているのではないかと私は思います。

祖父と祖母の間に交わされた愛もそうですし、

その前の代にも何かしらの物語があったのだろうと思います。

父と母の間にも物語があったのだと思います。

受け継いだ私にも、これから物語が生まれるのかもしれません。

貴金属修理屋さんは、

それらの物語も修復するお仕事であるような気がします。

私たちが受け継いできた、貴金属にこめられた物語を、

次の世代に美しい形で残していく、

そんなお仕事であるのだと思います。

そこには美しい貴金属への愛があります。

美しいものをさらに美しく整えてあげる、

愛を持ったお仕事であるように思います。

貴金属は大切に受け継いでいけば永遠に残ります。

それは、その貴金属にまつわる物語が、

永遠に残ることでもあります。

祖父と祖母の生きた証が永遠に残り、

誰かの記憶の中で生き続けるということでもあります。

代々受け継がれていく貴金属が残り続ければ、

私たちの物語は受け継がれ続けて、

私たちは記憶で生き続けられます。

気の長い話かもしれませんが、

貴金属修理屋さんのような専門の方がきれいに残してくれることにより、

この家の物語が未来にも残っていくのだと思います。

美しい貴金属は、それだけの価値でなく、

愛の記憶や物語をまとっています。

貴金属修理屋さんが修復してくれたことにより、

美しい貴金属はさらに美しくなり、

貴金属がまとう物語も洗練されたようです。

これからもずっと、

美しい姿で残り続けるのだなと思います。


この家には物語がたくさんあります。

私の代でもっと増えるのかもしれません。

私の夫となる人にも、

書き尽くせないほどのいろいろなことがあります。

ただ、祖父の話を思わせるような不器用な夫ですので、

同じようなことをしかねないと思っています。

貴金属の装飾品がまた増えるかもしれません。

家が傾かない限りは良しとしますが、

どうにも、愛の表現が上手く行かないのかもしれません。

貴金属修理屋さんの、貴金属をきれいにするような、

そんな素直なお仕事への愛を見習ってほしいと思いますが、

こればかりは人それぞれですので、何ともしがたいです。

今回、祖母の遺品を中心に貴金属修理屋さんにお出ししましたが、

まだ把握できていない貴金属があるかもしれません。

金庫の中などに、まだ何かあるかもしれないと、

母から聞いています。

貴金属装飾品が見つかった折には、

また、貴金属修理屋さんにお頼みして、

修復をしてもらおうと思います。

この家の歴史がきれいな形で残っていくのは、

家にかかわるすべてのものの願いです。

どうか、その際にはよろしくお願いいたします。


とある家の後継ぎの娘より


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