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第2話 沢田くんと悲しい誤解


 その瞬間は突然やってきた。


 チャイムが鳴り、担任が現れて日直の号令で挨拶したあと、出席簿を開きながら担任が言ったのだ。

「出欠を取ります」


 男子のア行から始まり、続いて女子へ。

 沢田くんは一応みんなの返事を聞いているようだ。


「佐藤杏里」

「はい」

「佐藤景子」


 今だ!


「はい」


 隣を意識しながら返事をすると、沢田くんはびっくりしたように素早く私を二度見した。


【さ……さ……佐藤さん⁉︎((((;゚Д゚)))))))】


 沢田くんはやっと気づいたらしい。私は沢田くんをチラッと見て会釈した。


【ど、同名異人……⁉︎((((;゚Д゚)))))))】


 コラ! まだ引っ張るか!!


【……じゃない! 佐藤さん本人じゃん!! ええええええ、なんで気づかなかったんだろ、俺のバカバカバカ!!ヽ(;▽;)ノ カバと書いた紙を背中に貼って逆立ちして町内一周の刑にしてもまだ許されないよ!! そのまま打首獄門でさらし首にされても文句は言えない……! ああああああ五体投地でごめんなさいごめんなさいごめんなさーい!!_( _´ω`)_ペショ】


 沢田くんは私から目をそらしたけど、耳まで赤くなっている。

 そうそう、これよこれ。私が欲しかったのはこの反応!

 やばい、ニヤニヤしちゃう。両手でほっぺを押さえてマッサージのフリをする。


【そっか、佐藤さん、髪切ったんだ!! だから気づかなかったのか!! まるで別人みたいだったから……っていうか】


 一瞬の「ため」があったあと、沢田くんが叫んだ。





【佐藤さん……めっちゃ可愛くなってる──!!!:(;゙゚'ω゚'):】




 えっ……。

 ええええええ〜〜〜⁉︎


 いま牛乳飲んでたら確実に噴いてたと思う。


 可愛くなってるって、沢田くん、本当にそれ私のこと?

 うわあああ、嬉しい!!

 思い切ってイメチェンして良かった!

 ……と思った矢先だった。



【ああああ、どうしよう、佐藤さんがめちゃめちゃ可愛くなってしまった……! 前から俺なんかとじゃ釣り合わないと思ってたけど、ますます手の届かない存在になってしまったような気がする! どうして急に髪を切っちゃったんだろう⁉︎ もしかして、好きな人ができた……⁉︎ あ、あのデカくて怖い人かな⁉︎ そういえばやたらといい人だよってアピールしていたような気がする。そういうことだったのか……!】



 どうしよう。沢田くん、なんかすごい誤解してる!!



 まずい。なんとかしてこの妄想をストップさせないと、とんでもないことになりそうだ。とか思っているうちに、もうコレ。



【あの怖い人が佐藤さんの好きな人……! ハッ、もしやあの人も佐藤さんが好き⁉︎ だからうちに乗り込んできたのかな? そうだよ、もしも自分の好きな人が俺みたいな得体もしれないネクラ野郎の家に一人で入ろうとしていくのを見たら、心配するのが当然の心理……!】



 小野田くんが心配していたのは沢田くんのことなのに。



【しかもあの日の俺、パジャマだったよね。ああ、今思い出すと恥ずかしい! なんでパジャマ? 青と白のストライプ柄でハミガキ粉っぽかったし。そりゃあ胸ぐら掴まれるし、ベッドにも倒されるよ! 「俺の景子に手を出すな! ハミガキ粉パジャマ野郎ゴラアッ!!(((((;`Д´)≡⊃)`Д)、;'.・」ってなるわ。なるほどな! 把握】



 何も把握してないってば。



【つまり俺は愛し合う二人にとっては邪魔な存在となるわけか。俺なんて生きてるだけで誰からにとっても邪魔な存在だってことは分かってたけど……うっ(´;ω;`)】



 沢田くんは勝手な妄想で泣きそうになっている。

 沢田くんのことだから、このあとはきっともう身を引くとか二人の邪魔しないようにするとかネガティブな方向に考えを進めるに違いない。


 まだ告白もしていないのに、もう失恋? そんなの辛いよ……。

 目を伏せてキュッと唇を噛んだ、その時だった。



【でも、そんなの嫌だ! 俺だって、俺の景子に手を出すなって言いたい……!】



 聞こえてきた沢田くんの男らしい一言に、私はまたびっくりして息が止まりそうになった。

 思わず沢田くんを見つめると、沢田くんはその気配に気づいて私と目を合わせた。



【ハッ。佐藤さんがこっち見てる……! まさか今の俺の心の声が聞こえたんじゃ⁉︎】



 私はドキッとしてすぐに目をそらした。



【まさか、そんなことあるわけないか。聞こえてたらマジでヤバい。俺の景子に手を出すな、なんて……恥ずかしくて本人の前じゃ絶対に言えやしないよ!! そんなの聞かれてたりしたら即ブラックホールに飲み込まれにいくわ。髪の毛一本残さずにこの世から消滅するわ。俺について書かれたアカシックレコード粉砕して俺の存在ごとなかったことにするわ】



 ごめん、聞いちゃった……。

 顔から湯気が出そうなくらい恥ずかしい。

 沢田くんが消滅しちゃうのは嫌だから絶対に言えないけど、すごく嬉しい……!


 ドキドキが止まらない。

 心の声を聞く能力があって良かった。耳が幸せだよ。

 ありがとう、沢田くん。


 私の気持ちを知らない沢田くんは、まっすぐな瞳を黒板に向ける。



【佐藤さんは俺の最初で最後かもしれない大事な友達だからな。あんな怖い人と付き合わせるわけにはいかない。佐藤さんは俺が守るんだ……! 俺の命に代えても!!】



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