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第3話 沢田くんと悪魔のゲーム

「……というわけで、帰りのホームルームでチーム決めを行うから学級委員はくじの準備をしておいてください。朝礼は以上です」


 沢田くんの心の声が途切れた瞬間、私の耳に突如として入ってきたのは、担任のそんな言葉だった。


 チーム? くじ? え、いったい何の話?

 沢田くんに集中しすぎて、全部聞き逃した。


 戸惑っているうちに担任が教室を出て行ってしまったので、私は慌てて振り向き、後ろの席の麻由香ちゃんに「ごめん、今のなんの話?」と尋ねてみた。

 麻由香ちゃんは呆れた顔をしながら、「スポフェスだよ」とさらに分からない単語を私に投げた。


「たるいよね、義務教育でもないのに全員参加でスポフェスやるなんて」

「スポ……フェス?」

「スポーツフェスティバル、略してスポフェス! 要するに、ミニ運動会! 去年もやったじゃん、忘れたの?【景子ちゃん、たまにポンコツだな〜】」


 そう言われてみれば。

 去年の今頃の記憶がおぼろげに蘇る。


 たしか、ゴールデンウイーク前にクラス対抗でドッジボールのトーナメント戦をやったっけ。クラスをAとBの二つのチームに分けて、それぞれで優勝を目指していたような。運悪く序盤で同じクラス同士がぶつかって潰し合いになることもある。それがスポフェスという名前だったことは忘れていたけど。


 すると私の隣から


【なにっ……スポフェス、だと……⁉︎((((;゚Д゚)))))))】


 と、沢田くんのビビりまくりの声がした。


【俺の最も苦手な球技といえば、そう! その名はドッジボール!!! 仲間との連携プレイに憧れを抱くも誰にも頼りにされず、気がつけばいつでもソロプレイ。チームのために犠牲になったり外野からパスを回して大活躍したりするなんて夢のまた夢!! 外に追いやられたら最後、日の目を浴びることは決してない! あれだけ陰と陽がはっきりとする球技は他にあるまい! ぼっちにとっては悪魔のゲーム、それが、ザ・ドッジボール!!! ぼっちとドッジがなんとなく似ているのもなんたる皮肉!! ええ、どうせ俺がやるのはぼっちボールですよ】



 うわあ、またなんかトラウマがありそうだな、沢田くん。



【ドッジボールには嫌な思い出しかない。そう、あれはたしか小4の頃……。俺は何故かクラスの人気者の花井くんに一対一で勝負を挑まれ、負けたらみんなの前で変顔をさらせと言われてしまった。俺はコートの中を逃げて逃げて逃げまくり、たまたま転がってきたボールを拾って、無我夢中で投げた。それがなんか奇跡的に花井くんに当たっちゃって、花井くんが変顔を披露することに。あの時の花井くんの変顔、マジですごかった……! みんなは大爆笑してたけど、俺は感動して泣いちゃったんだよな。いやー、マジですごかったなーあの顔。全然覚えてないけど】



 覚えてないんかーい!

 花井くん、せっかく変顔したのに、かわいそう。



【もうあんな思いをするのは嫌だな……。そもそも人と戦ってボールをぶつけ合うなんて無理。休んじゃおうかな、スポフェス】



 優しい沢田くんはそんなことを考えていた。

 けれども、残念ながらそうはいかなかった。



 帰りのホームルームの時間になり、学級委員が作ってきたくじでチームを分けようとした時、森島くんが手を挙げてこう言ったのだ。


「チーム分けをする前に、チームのリーダーを決めない? 俺、Aチームのリーダーやるよ! 俺と一緒に戦いたい人、集合〜!」


 盛り上げ上手な森島くんの一声で、クラスの半分以上の女子が一気に動いた。森島くんは


【やっぱ俺が一番モテるな】


 と満足そうにニヤニヤ。森島くんはこれが証明したかっただけみたい。

 すると男子の一部がぶうぶうと文句を言い始めた。


「女子ばっかりそっち行ったらバランス悪いじゃん【ちくしょー、森島のやろう調子に乗りやがって!】」

「そーだそーだ!【森島、コロス!】」

「Bチームにも女子をよこせーっ!」


 殺伐とした不穏な空気が教室中に広がった。

 沢田くんはその時、おじさんとおばさんを相手に「どうすれば母ちゃんに怒られずにスポフェスを休めるかな?」と相談していて、彼だけすっかり別次元にいた。

 ところが。



「じゃあBチームのリーダーは沢田にしようぜ!」



 女子を呼び込みたい男子たちが、沢田くんを一気に表舞台へと引きずり出す一言を発したので、私はびっくりして沢田くんを見た。


 沢田くんは見事にキョトンとしていた。



「えっ?【いま、誰か俺の名前呼んだ?(・Д・)】」



 えっ? じゃないよ。

 沢田くん、Bチームのリーダーに推薦されたんだってばよ!!




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