私に言っておきたいこと……?
雨音がビニール傘の上で弾ける。
沢田くんの声はその雫の音よりも小さかった。
何だろう。沢田くんの顔がいつもより少し赤いことが気になる。
本当のことを言うと、一つだけ、心当たりはある。
でもそれは私の願望のようなもので、テレビの向こうにある世界と同様に現実味のないものに思えた。
モブである私が、王子様のような沢田くんに告白される──なんて。
言葉に置き換えると、ますます夢に近いなと思った。
だけど、目の前にいる真剣な眼差しをした沢田くんは間違いなく現実で──。
おさまれ、心臓の音。
この世界から雑音を全て排除して、沢田くんの声だけに集中したい。雨も心臓もどこかへ行ってほしい。
【あああああ、どうしよう((((;゚Д゚)))))))佐藤さん、めっちゃこっち見てる。目がキラキラしていてなんて可愛いんだ……! うおおおおおお!!! が、がんばれ俺! 今だ、言えーーーっ!!】
「あの……実は……!」
ついにやってきた! 私は全身を固めてその瞬間を迎える。
【佐藤さん。俺は、佐藤さんのことが……あああああああああっ!:(;゙゚'ω゚'):】
ん? どうしたの?
沢田くんが急に何故か焦り出した。
【やっベーどうしよう……何でコレ今気づく? 神様のイジワル!!。゚(゚´ω`゚)゚。 っていうか俺のドジ!! こんな大事な時に……こんなミスをしてしまうなんて!!】
「どうかしたの? 沢田くん」
私は我慢できずに尋ねてみた。
「いや……その……【カッコ悪くて言えないよ……間違えて知らない人の傘持ってきちゃったなんて!!。゚(゚´ω`゚)゚。】」
ええええええっ?
私は沢田くんが持っている傘の持ち手に、誰かの名前が書かれていることに気づいた。ビニール傘にまでしっかりと名前を書いているなんて、きっとちゃんとした人に違いない。
返した方がいいと思うよ、沢田くん。
そう言おうとした私は、そこに書かれていた名前に驚いた。
『小野田大輔 レベル17』
ええええええ!!!
どっから突っ込んでいいのか分かんない!!!
とりあえず、知らない人じゃないよ、沢田くんっ!!!
その時、まるでどこかから見ていたかのようなタイミングで、小野田くんの声がした。
「おーい! 沢田ーっ!!【久々に俺、登場〜ヽ(*^ω^*)ノ】」
バシャバシャと濡れた路面を跳ね上げ、学校の方向から小野田くんが大股で近づいてくる。その手には別のビニール傘の柄が握られていた。
「てめー、俺の傘間違えて持ってったろ! 返せ! お前のはこっちだろ!【なーんて、別にビニール傘なんてどうでもいいんだけどなっ。沢田と話すきっかけゲットだぜ\(//∇//)\】」
小野田くんは嬉しそうだけど、沢田くんは困惑と迷惑で青ざめた顔をしていた。
【がーん!!!Σ(゚д゚lll) 俺が傘間違えたっていう恥ずかしいミスをしたことを佐藤さんに知られてしまった!! 何だよこの人、名前書いたり返せって言ったり、どんだけこのビニール傘に固執してんの⁉︎ てか、そっちの傘がなんで俺のだって分かったの⁉︎ 怖いよ! この人のビニール傘へのこだわりが怖いよーっ!!。゚(゚´Д`゚)゚。 あと顔も怖い】」
またしてもすれ違う二人の心。
私が今一番気になるのは、記入された名前の後のレベル17って何? ってことだけど。
「小野田くん、よく沢田くんの傘が分かったね」
「ああ。だってこいつ、名前書いてるし」
小野田くんが大きな手に隠れていた柄の部分をずらして見せてくれた。すると、そこには小さく「沢田空 レベル16」という文字が……。
って、だからそのレベルなにーーーっ⁉︎
流行ってんの⁉︎ 傘に己のレベルを書くの、流行ってんの⁉︎
「なーんだ、沢田くんも名前書いてたんだね。だから間違っちゃったの?」
「う、うん……【傘に名前書いてあったからてっきり俺のだと思って文字面まで確認しなかった……恥ずかしいよーっ(;´д`)】」
沢田くんは照れくさそうに小野田くんと傘を交換する。
「ところで、このレベルってなに?」
「あ……うん【俺が小学校の時に俺のクラスで流行ってた、自分の年齢をRPG風に表記する遊び……。今でもこんなこと書いてるやつが俺以外にもいたなんて((((;゚Д゚)))))))】」
なるほど、年齢か。
すると小野田くんがドヤ顔で笑ったのが見えた。
【ふっふっふ。沢田と話すきっかけづくりのため、雨のたびに仕込んでいたんだぜ!! (๑• ̀д•́ )✧ドヤッ 】
うーん、可愛いのかキモいのかと聞かれたら7:3の割合でキモいかな。
小野田くんは仕込みが成功して上機嫌らしく、さらにこんなことを言い出した。
「せっかくだから一緒に帰ってもいいんだぜ? 家も近いし、せっかくだからなー。まあ俺はどっちでもいいんだけどよ【断ったら殺す!!o(`ω´ )o】」
うわー、めんどくさいな小野田くん。