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第10話 沢田くんと席替え


 その後、教室にだんだんとクラスメイトが入ってきたので、私たちは何事もなかったかのように解散した。


 沢田くんへの告白の返事もできないまま、時間だけが過ぎていく。

 でも沢田くんは全然焦っていなかった。


【佐藤さんに気持ちを伝えられただけで充分だよね( ´ ▽ ` )】

【その通りだ、沢田空。お前はよくやったぞ!】


 沢田くんは脳内劇場で土下座おじさんと満足気にそう語る。


【俺、さっき危うくおじさんと同じ体勢になるところだったよ】

【土下座は男の最後の手段だから、あまりおすすめはしないぞ。土下座していい場合はごくごく限られている。会社を半焼させた時と、タクシーの中でゲロを吐いた時と、妻に帰る時間を言わずに出かけて、食事まで済ませて帰ってきた時だ。この場合、土下座は玄関のドアの外側で行うことになる】

【奥さんはカンカンだね。俺もそうならないように気をつけなきゃ】

【その前に空はちゃんと結婚できるかどうかが問題だけどな!】

【そうだね……】


 沢田くんは学生らしい青いため息をついた。


【俺もいつか……結婚できたらいいな】


 心の声が小さくてよく聞き取れなかったけど、最後に「佐藤さんと」と言われたような気がしてならなかった。



 そしてとうとう運命の時間がやってきた。


 席替えだ。


 森島くんが作ったくじには赤と青のペンでペアになるように番号が振られていて、その番号は黒板に描かれた席の図と連動している。

 男子は青が入った箱、女子は赤が入った箱からそれぞれ紙を取り出して、番号を確認する。

 ペアの数字を引いた男女が、今度の席で隣り合うことになる。


 みんなが黒板の前に設置された箱へ我先にと群がる中、私と沢田くんだけは名残惜しくて動けずにいた。


「沢田くん」

「佐藤さん」


 同時に声をかけてしまって、思わず見つめ合う。


「な、何?」

「さ、佐藤さんから…【どうぞ】」


 話しかけてみたものの、言葉に詰まる。


「もう、行かないとね」

「うん……【切ない。゚(゚´ω`゚)゚。】」


 泣かないで。私まで泣けてきちゃう。

 でも、これが本当に最後の瞬間だから伝えたい。

 私の気持ちを、沢田くんに。



「沢田くんの隣の席、すっごく楽しかった。毎日が本当に楽しみで……離れ離れになるなんて想像もできなくて……」

「うん【俺もだよ……。゚(゚´ω`゚)゚。】」



 喉の奥が熱くなる。

 声が消えてしまう──その前に。

 私は沢田くんをまっすぐに見つめて言った。



「だから、席が離れても、これからもずっと私の隣に──」



「おーい! あと、引いてないの沢田と佐藤さんだけだぞ! 早く来いよ!」


 ずっと私の隣にいて。

 そんな私の恥ずかしいセリフの上に、黒板前で叫んだ森島くんの声が被った。


【これからもずっと……なんて言ったんだろう、佐藤さん(・Д・) 語尾だけよく聞き取れなかった】


 沢田くんはキョトンとしている。

 タイミング悪すぎだよ、森島くん。

 でも……きっと、もうタイムリミットはとっくに過ぎていたんだよね。

 森島くんの声で、くじを引き終わったみんなが私たちに注目している。

 言い出せなかった、私の負けだ。

 私は椅子の足を鳴らして立ち上がった。


「ごめん。何でもない。いこっか。沢田くん」

「あ、うん【なんだったんだよー! 気になって仕方ないよ〜!。゚(゚´Д`゚)゚。】」


 衆人環視の中で沢田くんと黒板の前に行くと、森島くんがニヤニヤしながら私たちに向かって箱を突き出した。


「残り物には福があるかも?」

「?【服(・Д・)? こんなに小さい箱に?】」


 ふくちがいだよ、沢田くん。


 最後に微妙な笑いを沢田くんからもらって、私はくじを引いた。


 数字は8。


 黒板で確認すると、なんと真ん中の列の一番前、先生と黒板の目の前の席だ。

 どこに福があるの? 最悪なんですけど!

 凹みそうになった、その時だ。



【えええええ〜〜一番前の席! しかも黒板の目の前だよ!! 居眠りこいたら即バレるよ〜〜!!。゚(゚´Д`゚)゚。 やっぱ俺ってくじ運ない。佐藤さんとは離れるし、席替えなんて大嫌いだよ〜〜!!】



 自分の番号を見た沢田くんの叫びに、私はうつむきかけた顔を上げた。

 私も沢田くんも正面の一番前の席。っていうことは……!



【今朝の礼だ。佐藤さんと隣の席にしておいた。ただし一番目立つ席にしておいたから、後ろから見ててイチャイチャしてたら即みんなへ通報すっからな】



 箱を片付けている森島くんからそんな声がする。

 私の頬が自然とゆるむのを感じた。


「森島くん」

 私の声に振り向いた森島くんが、意味ありげに口の端を上げた。

「ありがとう」

「何のこと? いいから早く、机を動かしなよ。二人が動かないからあの席の奴らが困ってるよ」

「あっ、そうだね。ごめん」


 満面の笑みを浮かべると、今度は沢田くんの方から声がした。



【佐藤さん、森島くんと仲良さそうに笑っている……! ああっ、もしかして俺、フラれたのか⁉︎ 。゚(゚´Д`゚)゚。 あああ〜〜〜!!!】


 真実を知らない沢田くんだけが悲しみの声を上げる。

 待っててね、沢田くん。

 すぐに沢田くんを笑顔に変えてあげるから。



「早く席替えしよ、沢田くん」

「……うん【佐藤さん、未練なさそうだな……。ぐすん。゚(゚´Д`゚)゚。】」



 こうして私と沢田くんのXデーは終わった。

 でもそれは新たな始まりに過ぎなかった。



「またよろしくね、沢田くん!」

「あ、うん……【また佐藤さんと……!! 俺、一生分の幸運使い果たしたかも!!((((;゚Д゚))))))) でも嬉しい〜〜〜!!。゚(゚´ω`゚)゚。】」


 黒板の前で私と再会した沢田くんは、心のしっぽを全力でパタパタと振った。 

 そんな沢田くんに、私は小さな声で告白する。



「これからも、ずっと私の隣にいてね」



 沢田くんはまたキョトンとした顔をした。


【席の話かな? ずっとって言ってもまた1ヶ月ぐらいしたら席替えになっちゃうのに。可愛いなあ、佐藤さん(*´꒳`*)】



 分かってないなあ、もう。

 でもそんな沢田くんが大好きだよ。



 見つめ合って自然と生まれた私たちの笑顔は、まだ眩しい初夏の夕陽の中で柔らかく溶け合い、ひとつになった。






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