佐藤景子と沢田空が席替えで奇跡の再会を果たしていた頃……。
その二つ後ろの席では、もう一つの奇跡が起きていた。
「……で。なんであんたがあたしの隣なの? 森島」
「はあ? 偶然に決まってるだろ」
ピリピリとした空気を醸し出す二人。
佐藤杏里と森島洸介だ。
【クッソ気まずい……。まさかこいつの隣になってしまうとは……】
杏里の隣でそっぽを向いた森島の眉間に皺が寄る。
プライドの高い彼は、今朝、杏里に恥をかかされたことをものすごーく気にしていた。
【ちょっと可愛いからっていつもツンツンしやがって。絶対俺のことバカにしてるだろ。もうこいつにだけは愛想振りまいてやんねー】
森島が心にそう誓った時だ。
「じゃあ、あの二人がまた隣になったのも偶然?」
「はあ?」
杏里の声につられて、森島は前の方で嬉しそうに笑っている佐藤景子と無表情だがどことなく笑っているようにも見える沢田空を見た。
【さっそくイチャイチャしやがって】
そう思いながらも、なぜか以前に比べるとそれほど悪い気はしない森島である。
「さあな。偶然じゃね?」
「ふーん」
杏里は相変わらず冷たそうでどうでもよさそうな声だ。どうせツラも冷めているだろうと思いながら森島が横目でチラッと視線をやると──杏里は意外にも優しそうに目を細めて笑っていた。
【ゔっ⁉︎】
森島の心臓がドクンと跳ねて呼吸が一瞬止まった。
【な、なんだ? 急に動悸と息切れが……! もしかしてこれは……狭心症か心筋梗塞⁉︎】
具合悪そうに心臓を押さえた森島に杏里が気づいた。
「どうしたの?」
「べ、別に……なんでもない」
「顔赤くない? 風邪?」
「うるせーな。俺に構うな」
自分の症状に一番戸惑っていたのは森島だった。
【とりあえず薬局で動悸を抑える薬を買って帰ろう……】
杏里から目を逸らして深呼吸すると、森島の症状は少しずつ治ってきた。
【気のせいか。まあ、俺の歳で狭心症はないよな】
森島がホッとした時だった。
「今朝のことだけど、私もやりすぎたわ」
杏里がしおらしい様子で呟いたので、森島の心臓は再びド、ド、ド、と活発になり始めた。
「へ、へえ〜。意外と素直じゃん」
目線を逸らしたまま嫌味を言うと、杏里は不満そうに「ねえ」と言う。
「さっきからなんであたしと目を合わせないの? 人が話をしている時はその人の目を見なさいって親に教えられなかった?」
肩に手を置かれて、森島は心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。
「な、な、なんだよっ」
慌てて杏里の手を払い、睨むように彼女を見ると、杏里はさらさらとした長い髪を耳にかけながら照れくさそうにボソッと言った。
「ごめんって言ってんの。ちゃんと聞いてよね」
露わになった杏里の耳が赤くなっている。
それを見た森島の目と耳とこめかみと口から血が勢いよく噴き出そうになった。
【ぐはあああああっ!!_:(´ཀ`」 ∠): なんか知らんけど俺、病気だコレ! 佐藤杏里を見るとドキドキする病。って、隣の席なんだけどヤバくね? 次の席替えいつだよ!! それまで俺、生きてる⁉︎。゚(゚´Д`゚)゚。】
「ちょっと、聞いてる?」
「き、聞いてる! 聞いてるから顔近づけるなバカ!」
「バカって。森島、あんたなんかキャラ変わった?」
「そっちこそ……もっと冷血女だったくせに」
「冷血で悪かったね」
ふんっ、と険悪な息を吐いて二人は別々の方を向く。
だが、クールを装って頬杖をつく森島の手はブルブルと震えていた。
【ヤベエぞこれ、重症化する前に何とかしないと……((((;゚Д゚)))))))】
その後──学校帰りに薬局へ駆け込む森島の姿を見た者が、いたとかいないとか。
【番外編 完】