目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

最終章 沢田くんと夏花火

第1話 沢田くんとカップル大作戦

 突然ですが、私はピンチです。



枇杷島びわじま……花火まつり?」



「うん。テスト終わった週の土日にちょうどやるから、土曜の夜、クラスのみんなで浴衣着てパーッと遊ぼうよって話で今盛り上がってるんだよ。景子ちゃんももちろん行くよね?【森島くんの甚平姿見られるかなあ? 超楽しみ〜っ!】」



 昼休みに麻由香ちゃんからそんな話を聞かされた私は、箸でつまんだ唐揚げをうっかり床に落としてしまった。

 最後に食べようと楽しみに取っておいたおかずだったのに。



 枇杷島花火まつり。

 それは、私たちの住むA市に隣接するK市で毎年七月の上旬に開催されているお祭りだ。今年はちょうど七夕の七日になる。広大な河川敷にずらりと並んだ屋台めぐりも楽しいけど、なんといってもメインは午後7時から9時までほぼノンストップで打ち上げられるド迫力の打ち上げ花火だ。


 河川敷は駅からも近いので、その日の電車内は枇杷島駅で降りる浴衣の男女で貸切状態になる。

 小、中学生だった頃は、駅で浴衣の集団を見ただけでときめき、いつか自分も高校生になったら絶対に好きな人と浴衣デートするんだ! なんて地味キャラにあるまじき夢を見たりしたものだ。



 麻由香ちゃんに誘われたのは、その長年の夢がもうちょっとで現実になろうとしていた矢先の出来事だった。



 沢田くんと二人で浴衣デートするつもりだったのに……。



「それって、全員参加?」

「強制じゃないけど、ほとんどみんな行くって言ってるよ。あと誘ってないのは沢田くんくらいかな?【無口で怖いから誘いにくいんだよね〜】あっ。そうだ! 景子ちゃん、沢田くんに声かけてみてくれない? 景子ちゃんからのお誘いなら沢田くんも来るかも!」



「ええええっ⁉︎ 私が⁉︎」



 二人きりで行くのをやめて、クラスのみんなと花火に行かない? なんて言ったら……沢田くんが泣いちゃいそうな気がする。私だって泣きたい。


 日曜の夜は次の日学校だから親が外出を許してくれない。デートは土曜日しか行けないのに、このままじゃみんなとはちあわせるのは確実だ。


 もう、誰よ? こんな迷惑な企画をしたのは!



「女子、みんな来そう?」



 突然、爽やかな男の子の声が私たちのランチに乱入してきた。

 声の主はやはりと言うべきか──森島くんだ。



【浴衣女子と花火でパーリナイ(((o(*゚▽゚*)o)))ヒャッハーーー♡】



 ですよね。派手なの好きそうな陽キャといえばこの人しかいない。

 また浴衣女子をはべらせて沢田くんとどっちがモテるか対決でも企んでいるんだろう。


 ……と思いきや?


【こいつは……来るのか? ((((;゚Д゚)))))))】


 彼の視線は私の隣に座っている美少女、佐藤杏里ちゃんにチラチラと向けられる。心なしか彼の頬が赤くなっているような……。



 あれ⁉︎ これって、もしかして?



「杏里ちゃんはどうする? 行く?」

 森島くんが気になっているみたいだから、私も気になって聞いてみた。


「どうしようかな【浴衣をわざわざ着ていかなきゃいけないのはめんどいな】」


 心の声を聞く限り、杏里ちゃんの方は森島くんのことを何とも思っていないみたいだ。けど。


【どうしようかなってどっちなんだよ!! 行くのか行かねえのかはっきりしろよーー!!o(`ω´ )o 1対1のデートだったら絶対断られると思ってクラス中を巻き込んだのに、おまえだけ来ないなんてオチだったら最悪すぎるわ!!】


 森島くんの方はだいぶヤキモキしているみたい。


 そうだったんだ、森島くん!!

 杏里ちゃんをデートに誘いたくてこんなことを⁉︎

 席替えの日に杏里ちゃんから胸ぐらを掴まれて、恋心まで掴まれちゃったって感じ?

 でも素直に言えなくて──とか?

 うわあ、なんだかキュンキュンするなあ。

 どうしよう。この二人のこと応援したくなってきちゃった。


 でも……花火まつりのクラス参加を応援したら、沢田くんとの二人きりのデートはますます絶望的になるわけで……。



 悶々と悩んでいると、杏里ちゃんと目が合った。


【この子、本当は沢田と二人で行きたいんだろうな】


 杏里ちゃんにはしっかりバレている。さすがだなあと感心した時だ。



【仕方ない。あたしも祭りに参加して、この子と沢田が二人きりになるチャンスを作ってやるか】



 おおおおおおっ⁉︎

 杏里ちゃんがなんか協力してくれそうな雰囲気だよ⁉︎

 みんながいるけど、沢田くんと二人きりになれるかも!


 そういうことなら、私も杏里ちゃんと森島くんカップルをくっつけるために全力で一肌脱ごうじゃないの!



「せっかくだから、行こうか」

「うん!」



 杏里ちゃんとうなずきあうと、森島くんが【よっしゃああああああ!】と心の中で叫んだ。


 問題は沢田くんだ。

 どういう反応するかな?


「私、ちょっと用事を思い出したから行くね」


 お弁当を片付けて、私は沢田くんがいる屋上へと猛ダッシュした。




 春のうちは快適だった屋上だけど、もうすぐ七月というこの時期は地獄の一丁目一番地くらいの暑さがにじり寄っている。


 カップルたちも消えた楽園にひとり取り残された沢田くんは、給水タンクの日陰でひっそりと弱っていた。


【あ゛づ い゛よ゛ーーーっ。゚(゚´Д`゚)゚。食欲が出ないよーーっ!!】


 教室で食べればいいのに、なんでいつも屋上なんだろう。


 私はそっと近づいて、ほとんど手のつけられていない沢田くんのお弁当を見てみた。


 そこには小豆たっぷりのおはぎがぎっしりと詰め込まれていた。


 ……ちょ、沢田くんのお母さん!!

 息子さんが恥ずかしがって教室で食べられないお弁当、なんとかしてあげて⁉︎

 おはぎだけって、絶対からかわれちゃうよ!



【お彼岸にはまだ早いのに、季節外れで恥ずかしいなあ(*´Д`*)】



 って、恥ずかしポイント、そこ⁉︎




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?