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第2話 沢田くんと背後霊

 沢田くん、と普通に声をかけようとして、私は踏みとどまった。


 せっかくの二人きりだから、ちょっと驚かせてみたい。

 そろりそろりと近づいて、暑さでフラフラしている沢田くんに後ろから目隠しをして、


「だーれだ?」

「⁉︎【あっ……この可愛い声はまさか、佐藤さんっ?】」


 ……みたいなことをやってみたい。


 私は足音を立てないようにそーっとそーっと沢田くんの背後に近づいた。すると何かを察したのか、沢田くんの肩がビクッと震えた。



【い、今……俺の後ろで、何か怪しい物音がしたような……いや、まさかな。そんなバカなことがあるわけがない! こ、こ、こ、ここは学校だよ? 真昼間だし! お化けなんて出るわけがないだろ! お前の気のせいだよ、沢田空! でも、気のせいじゃなかったら……? ひょっとして屋上から飛び降り自殺をした生徒の怨霊がいて、そいつが無類のおはぎ好きで、俺のおはぎの匂いに辛抱たまらず出てきてしまい、俺を殺しておはぎを奪い取ろうとしているのでは……((((;゚Д゚)))))))!!!】



 どこまで想像力逞しいのよ沢田くん。あと、おはぎ言い過ぎ。



【怨霊さん!! お、おはぎならいくらでもあげるのでどうか命だけはお助けを……っ!。゚(゚´ω`゚)゚。もうすぐ佐藤さんと花火まつりに行く約束をしているんです!! それまでは死にたくないんです〜〜!!】



 可愛すぎるよ沢田くん。

 声を出さないように必死でこらえたけど、結局引き笑いの「ヒッヒッヒ」っていう魔法使いのおばあさんみたいな声が出てしまった。



【あああおばあさんの怨霊さんでしたか!!((((;゚Д゚)))))))やっぱりお年寄りはおはぎが大好きですもんね! こだわりのあんこをこしらえそうですもんね! でもごめんなさい、うちのおはぎはそこまでこだわってないと思いますよ。なにしろ俺の母ちゃんが作ったやつなんで、クオリティーは低いです! しかも作ったのは昨日なので、もう賞味期限ギリギリですし、餅米がちょっと硬いですよ! 入れ歯とか欠けませんか? 大丈夫です? えっ? 幽霊だから入れ歯なんてない? それもそうですよねあははははは! いやああああ、怖いよ〜〜っ。゚(゚´Д`゚)゚。】



 沢田くんはビビリ度MAXでわけのわからないことを言っている。

 面白いけどもうそろそろホッとさせてあげよう。



「だーれだっ?」


 私は沢田くんの両目を塞ごうと、左右から手を差し出そうとした。


【ぎゃあああああ〜〜!!!((((;゚Д゚)))))))】


 その瞬間、びびった沢田くんが肩をすくめて頭を低くしてしまったので、私は勢い余って沢田くんに覆い被さるようなバックハグをしてしまった。



「えっ……えっ⁉︎【背中に感じるこの感触は、まさか……!】」



 きゃああああ〜〜!! ごめん!! これは事故だよ、沢田くん!!

 恥ずかしくてどうしたらいいのかパニック状態の私に、沢田くんは。



【もしや、実体のある背後霊⁉︎ ((((;゚Д゚)))))))】



 って、まだビビってるんかい!

 霊から一旦離れて、沢田くんっ!!



「さ、沢田くん……私だよ」

「!!【こ、この声は……佐藤さん⁉︎】」


 沢田くんが顔を上げて振り向いたので、私はドキッとして沢田くんから離れた。


「ごめんね、突然」

「あ……うん。【なーんだ、佐藤さんだったのか。……えっ⁉︎ 佐藤さん⁉︎ い、今俺に抱きついてなかった……⁉︎ 俺に抱きついてなかったーっ⁉︎((((;゚Д゚)))))))】」


 うまい言い訳が思いつかなくて、私はただもじもじとした。


【佐藤さん……恥ずかしがっている⁉︎ か、可愛いすぎるかよ!! ああああ〜〜もっと早く気づいていれば幸せを噛みしめられたのに!! 背後霊かと思って鳥肌立ててた俺。何やってんのバカーっ!!。゚(゚´Д`゚)゚。】


 赤い顔をして悔しがる沢田くん。

 背後霊と間違えるなんて、本当にどうかしてるよね。



「ど、どうしたの……?【なんだろう、ドキドキする!!】」

「あ、あのね。実は……今度の花火まつりのことなんだけど──」



 私は気を取り直して、深刻なトーンで切り出した。

 クラスのみんなも来ちゃうっていうことを伝えなきゃ。

 残念だけど、仕方ない。

 そう告げようと口を開けたその時だ。



【花火まつり……*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・* ああ、この言葉を聞くだけで脳内でドーパミン出ちゃう。多分指の一本や二本折られても気づかないね。三本目はさすがに気づくかもしれないけど、気づいてもどうってことないと思えるね。だって佐藤さんの浴衣が見られるかもしれないんだもん。ああ……今から佐藤さんがリンゴあめを舐める姿を想像してしまう! 金魚すくいに夢中になっているところを想像してしまう〜!!(*´Д`*)】



 沢田くんは目を閉じて未来へトリップしてしまった。

 どうしよう。こんなに楽しみにしているなんて。

 二人きりじゃないなんて言いづらい。



【俺……佐藤さんと花火を見られたら、もう一度ちゃんと告白するんだ。それで、今度こそちゃんと返事をもらうんだ……!】



 あわわわわ、ついに死亡フラグまで言い出したよ!

 ダメだよ、沢田くん! 叶わない夢になっちゃうよ!



【もう、誰も俺たちの邪魔はできない】



 カッコいいけど、すでに詰んでます!

 邪魔が入りまくることは決定事項でして!



「で……花火まつりが何か?【(((o(*゚▽゚*)o)))】」



 ああ……もう、なんも言えねえ……。



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