「花火まつり、楽しみだね……」
「うん【うん(((o(*゚▽゚*)o)))】」
沢田くんの目がキラキラしている。眩しすぎて直視できない。
私はうつむいた。
沢田くんを傷つけたくない。
でも、当日ショックを受けるよりは、今この場で言った方がいいよね。
覚悟を決めて、私はそっと顔をあげた。
「花火まつりのことなんだけどね。ちょっと残念なことがあって……」
「えっ……【な、なになに⁉︎((((;゚Д゚)))))))もしかして、都合が悪くなった⁉︎ 行けなくなった⁉︎】」
沢田くんは無表情で焦りだした。私は慌てて首を振る。
「ううん、行けないとかじゃないの。ちゃんと行けるんだけど」
【わーいわーいヽ(*^ω^*)ノ】
沢田くんは胴上げされた人みたいに浮き上がる。ちょっと浮くの早いから待って!
「でも、実は……森島くんがね」
「えっ……?【まさか、森島くんがまた佐藤さんをデートに誘ったの⁉︎ 俺はフラれたのか⁉︎ バリーン!!(ガラスのハートが割れる音)。゚(゚´Д`゚)゚。】」
沈むのも早い!! ちょっと待って!
「うん、まあ誘われたんだけど、私だけじゃなくってみんなも……」
「えっ……【みんなもってどういうこと⁉︎ 森島くん、さっそく浮気⁉︎ 佐藤さんだけじゃ飽き足らず、あっちもこっちも手当たり次第デートに誘ったってこと⁉︎ そ、そんな人だったなんて全っ然気がつかなかった……!:(;゙゚'ω゚'):】」
確かに森島くんはそういう人だったけど、ちょっと待ってってば!
「勘違いしないでね、森島くんの本命は杏里ちゃんで、私でも他の子でもないの。それでね」
「……!【本命がいるのに、どうして森島くんは俺の佐藤さんにまで手を出すの⁉︎ 佐藤さんも、どうして森島くんの誘いに乗っちゃうの? 俺が先に約束したのに、どうして? うっ、うっ、うわああああん!!。゚(゚´Д`゚)゚。 】」
沢田くんは無の表情のまま、今にも泣き崩れそうになっている。
なんだか話せば話すほど沢田くんが誤解しちゃう。
「沢田くん、落ち着いて。私の話を聞いて。二人でデートはできないかもしれないけど、もしかしたら杏里ちゃんが──」
私は沢田くんの顔を覗き込んで必死に説得しようとした。けど、
「……いやだ」
沢田くんは私から顔を背けた。
黒い髪が目の前で揺れるのを見て、私の胸がズキッと痛んだ。
傷ついた瞳を震える右手で覆い隠し、沢田くんが呟く。
「森島くんと俺……どっちが大事なの?」
えっ……?
キラリと光る何かが沢田くんの指の隙間に見えたような気がして、私は言葉を失った。
沢田くん、本当に泣いてる……?
激しい胸の痛みに襲われて棒立ちになった私の横を、沢田くんが無言で音もなく通り過ぎた。
ドキン、ズキン、と心臓が暴れる。
どうしよう。沢田くんを本当に泣かせちゃった……!
膝の力が抜けてコンクリートに座り込んだ私のそばに残されたのは、沢田くんのお弁当箱と、中身のおはぎだけだった。
「沢田くんっ……!」
私はハッとした。
こんなことをしている場合じゃない。
おはぎの入ったお弁当箱を拾って、あんこが漏れないようにしっかりと蓋を閉めた後、私は慌てて立ち上がった。
沢田くんの誤解を解かなくちゃ。
私は森島くんやみんなと一緒に行きたいわけじゃない。
沢田くんと。
沢田くんと二人で、本当は行きたいんだって、ちゃんと伝えないと。
私は蒸し蒸しする屋上をトップスピードで駆け抜けた。その勢いのまま、開けっ放しの金属のドアを抜け、階下へと続く階段を──。
「あっ……!」
足が一瞬、宙を飛んだ。
しまった。慌てすぎて、階段を一段飛ばししちゃった。
放り出された足が、手が、思ったように動かずに、ただ地球の重力に包みこまれる。
カラン、と沢田くんのお弁当の蓋が落ちる音がした。
大変だ。
沢田くんのおはぎが。
いや、それどころじゃないでしょ。おはぎが。じゃないよ、何言ってんの私。
今、私も階段を転がり落ちてるんだってば。
角を転がるたびにあちこちぶつけて何回転かした後、最後に床へ顔から突っ込んだ。
「いっ……」
痛い。痛すぎる。瀕死の虫みたいにうつ伏せになったまま、私は頭を押さえた。
「ちょ……っ、大丈夫⁉︎ 景子ちゃん!」
すぐに誰かが駆けつけてくれる足音がして、肩をトントンと叩かれた。
この声は、杏里ちゃん……だ。
目を開けてそっと顔を動かすと、そこに思った通りの子がいた。
私のことを心配してついてきてくれていたのかな。
「大丈夫。ちょっと転んだだけ……いたっ」
私は肘でゆっくりと起き上がった。その瞬間、またズキッと頭が痛む。
「大丈夫じゃないって。うわ、ひどいなこりゃ。ぐちゃぐちゃ」
「えっ? そんなにひどい? 鼻血とか出てる?」
「いや、あんたじゃなくて、おはぎ」
杏里ちゃんが私の胸で潰されたおはぎを指さした。
当然、私の制服もあんこまみれだ。
「うぎゃあああああ!」
「体操服に着替えて制服洗って来なよ」
「うん、そうだね」
「っていうか、怪我はない?」
「それ、先に聞いて欲しかったんだけど」
杏里ちゃんはクスッと笑う。
「うん、怪我は……ない」
そう答えてみたけど、その時私はある違和感に気づいていた。
なんだか、変。
耳が遠いっていうか、いつもより雑音がしないっていうか。
廊下を見る。
いろんな生徒が昼休みで歩き回っている。
でも、誰もしゃべっていない。ううん、しゃべってはいるんだけど、その声が聞こえづらい。
どうしたんだろう。難聴かな。
でも、杏里ちゃんの声はちゃんとクリアに聴こえている。
鼓膜が破れているというわけでもなさそうだ。
引き波を前にしたみたいに、足元からゾワゾワとした不安が広がっていく。
なんだろう、この違和感。
まるで別の世界に来ちゃったみたいに、不自然な感じ。
何かがいつもと違うのだけは分かっているんだけど。
「あれ……?」
いったい、どうしちゃったんだろう、私──。