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第3話 沢田くんと涙


「花火まつり、楽しみだね……」

「うん【うん(((o(*゚▽゚*)o)))】」


 沢田くんの目がキラキラしている。眩しすぎて直視できない。

 私はうつむいた。

 沢田くんを傷つけたくない。

 でも、当日ショックを受けるよりは、今この場で言った方がいいよね。

 覚悟を決めて、私はそっと顔をあげた。


「花火まつりのことなんだけどね。ちょっと残念なことがあって……」

「えっ……【な、なになに⁉︎((((;゚Д゚)))))))もしかして、都合が悪くなった⁉︎ 行けなくなった⁉︎】」


 沢田くんは無表情で焦りだした。私は慌てて首を振る。


「ううん、行けないとかじゃないの。ちゃんと行けるんだけど」

【わーいわーいヽ(*^ω^*)ノ】


 沢田くんは胴上げされた人みたいに浮き上がる。ちょっと浮くの早いから待って!


「でも、実は……森島くんがね」

「えっ……?【まさか、森島くんがまた佐藤さんをデートに誘ったの⁉︎ 俺はフラれたのか⁉︎ バリーン!!(ガラスのハートが割れる音)。゚(゚´Д`゚)゚。】」


 沈むのも早い!! ちょっと待って!


「うん、まあ誘われたんだけど、私だけじゃなくってみんなも……」

「えっ……【みんなもってどういうこと⁉︎ 森島くん、さっそく浮気⁉︎ 佐藤さんだけじゃ飽き足らず、あっちもこっちも手当たり次第デートに誘ったってこと⁉︎ そ、そんな人だったなんて全っ然気がつかなかった……!:(;゙゚'ω゚'):】」


 確かに森島くんはそういう人だったけど、ちょっと待ってってば!


「勘違いしないでね、森島くんの本命は杏里ちゃんで、私でも他の子でもないの。それでね」


「……!【本命がいるのに、どうして森島くんは俺の佐藤さんにまで手を出すの⁉︎ 佐藤さんも、どうして森島くんの誘いに乗っちゃうの? 俺が先に約束したのに、どうして? うっ、うっ、うわああああん!!。゚(゚´Д`゚)゚。 】」



 沢田くんは無の表情のまま、今にも泣き崩れそうになっている。

 なんだか話せば話すほど沢田くんが誤解しちゃう。



「沢田くん、落ち着いて。私の話を聞いて。二人でデートはできないかもしれないけど、もしかしたら杏里ちゃんが──」


 私は沢田くんの顔を覗き込んで必死に説得しようとした。けど、



「……いやだ」



 沢田くんは私から顔を背けた。

 黒い髪が目の前で揺れるのを見て、私の胸がズキッと痛んだ。


 傷ついた瞳を震える右手で覆い隠し、沢田くんが呟く。



「森島くんと俺……どっちが大事なの?」


 えっ……?


 キラリと光る何かが沢田くんの指の隙間に見えたような気がして、私は言葉を失った。



 沢田くん、本当に泣いてる……?



 激しい胸の痛みに襲われて棒立ちになった私の横を、沢田くんが無言で音もなく通り過ぎた。

 ドキン、ズキン、と心臓が暴れる。



 どうしよう。沢田くんを本当に泣かせちゃった……!



 膝の力が抜けてコンクリートに座り込んだ私のそばに残されたのは、沢田くんのお弁当箱と、中身のおはぎだけだった。




「沢田くんっ……!」


 私はハッとした。

 こんなことをしている場合じゃない。

 おはぎの入ったお弁当箱を拾って、あんこが漏れないようにしっかりと蓋を閉めた後、私は慌てて立ち上がった。



 沢田くんの誤解を解かなくちゃ。

 私は森島くんやみんなと一緒に行きたいわけじゃない。

 沢田くんと。

 沢田くんと二人で、本当は行きたいんだって、ちゃんと伝えないと。



 私は蒸し蒸しする屋上をトップスピードで駆け抜けた。その勢いのまま、開けっ放しの金属のドアを抜け、階下へと続く階段を──。


「あっ……!」



 足が一瞬、宙を飛んだ。


 しまった。慌てすぎて、階段を一段飛ばししちゃった。

 放り出された足が、手が、思ったように動かずに、ただ地球の重力に包みこまれる。


 カラン、と沢田くんのお弁当の蓋が落ちる音がした。

 大変だ。

 沢田くんのおはぎが。


 いや、それどころじゃないでしょ。おはぎが。じゃないよ、何言ってんの私。


 今、私も階段を転がり落ちてるんだってば。


 角を転がるたびにあちこちぶつけて何回転かした後、最後に床へ顔から突っ込んだ。


「いっ……」


 痛い。痛すぎる。瀕死の虫みたいにうつ伏せになったまま、私は頭を押さえた。



「ちょ……っ、大丈夫⁉︎ 景子ちゃん!」

 すぐに誰かが駆けつけてくれる足音がして、肩をトントンと叩かれた。


 この声は、杏里ちゃん……だ。

 目を開けてそっと顔を動かすと、そこに思った通りの子がいた。

 私のことを心配してついてきてくれていたのかな。


「大丈夫。ちょっと転んだだけ……いたっ」

 私は肘でゆっくりと起き上がった。その瞬間、またズキッと頭が痛む。


「大丈夫じゃないって。うわ、ひどいなこりゃ。ぐちゃぐちゃ」

「えっ? そんなにひどい? 鼻血とか出てる?」

「いや、あんたじゃなくて、おはぎ」


 杏里ちゃんが私の胸で潰されたおはぎを指さした。

 当然、私の制服もあんこまみれだ。



「うぎゃあああああ!」

「体操服に着替えて制服洗って来なよ」

「うん、そうだね」

「っていうか、怪我はない?」

「それ、先に聞いて欲しかったんだけど」


 杏里ちゃんはクスッと笑う。


「うん、怪我は……ない」


 そう答えてみたけど、その時私はある違和感に気づいていた。

 なんだか、変。

 耳が遠いっていうか、いつもより雑音がしないっていうか。



 廊下を見る。

 いろんな生徒が昼休みで歩き回っている。 

 でも、誰もしゃべっていない。ううん、しゃべってはいるんだけど、その声が聞こえづらい。


 どうしたんだろう。難聴かな。

 でも、杏里ちゃんの声はちゃんとクリアに聴こえている。

 鼓膜が破れているというわけでもなさそうだ。



 引き波を前にしたみたいに、足元からゾワゾワとした不安が広がっていく。

 なんだろう、この違和感。

 まるで別の世界に来ちゃったみたいに、不自然な感じ。

 何かがいつもと違うのだけは分かっているんだけど。


「あれ……?」


 いったい、どうしちゃったんだろう、私──。







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