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第5話 沢田くんと会話が下手な人

 テストの一日目が過ぎ、二日目も過ぎ、とうとう三日目が来た。

 頭の痛みはほとんど引いたけど、私の耳は治らないままだった。



 三時間目。

 静かすぎるテスト中、私のひじで押し出された消しゴムが机から落ちて、沢田くんの足元に転がって止まった。

 拾おうとしたら、沢田くんがチラッとこっちを見る。

「……」

 何も言わずに私の消しゴムを拾う沢田くん。

 そして、何も言わずに私に消しゴムを渡す。


「ありがと……」


 私の言葉が聞こえなかったかのように、プイと横を向いてテスト用紙に向かう沢田くん。



 沢田くんって、こんなに冷たかったっけ?

 うん。表面的にはいつもこんな感じだったよね。

 しゃべらないし、無表情で、ありがとうとかごめんを言うのにも慣れていない。

 だからみんなに誤解されてて、黒王子なんて呼ばれちゃってて。



 でも、違うんだよ。


 本当は、とっても情けなくて、怖がりで、人と接するのが苦手なだけで。

 優しくて、純粋で、心の中でいっぱい私に向かっておしゃべりしていて。

 今もきっと、私のありがとうに対してどういたしましてと言えなかった自分を責めていて、土下座おじさんに相談して、のりせんべいおばさんに叱られて、勇気を出そうと精一杯頑張っているんだよね。



 でも、その声が聞こえない。

 聞こえないよ、沢田くん。

 当たり前のようにそこにあった、沢田くんの大好きな声が、聞こえないよ……。



 テスト用紙にポタポタと涙が落ちた。

 痛み止めの抗生物質なんてなんの役にも立たない。

 沢田くんへの想いで胸が千切れそうなのに。


 ずっとこのままなの?

 ……そんなの、嫌だ。



 せめて、沢田くんの誤解だけは解いていきたい。



 四日目のテストが終了した。


 いよいよ明日はみんなで花火に行けるねって盛り上がっている教室の中で、沢田くんは固い表情のまま通学リュックを肩にかける。

 沢田くんが帰っちゃう。

 私は意を決して沢田くんに声をかけた。



「さ、沢田くん!」



 沢田くんは驚いたように私を見た。

 冷たく凍りついた表情。迷惑しているようにも見える。

 でも、きっとそんなことはないと信じて、私は言った。



「明日の6時、枇杷島びわじまの白鳥橋の上で待ってるから」


 白鳥橋は花火が上がる河川敷の中央にかかっている大きな橋だ。欄干が赤くて可愛いので、恋人同士の待ち合わせスポットとしても人気だった。

 クラスのみんなに見つかる可能性は大だけど、それも覚悟の上でのことだ。

 私は堂々と沢田くんとデートしたい。


「来てくれるよね、沢田くん」

「えっ……」


 まっすぐに見つめると、沢田くんは困ったように目を泳がせた。

 何かを言いたそうな顔で、1分くらい黙ったあと、ついに彼は言った。



「ごめん……行けない」



 ガアアアアアーーン!!!


 まさかの返事に、私の体がリアルに傾いた。

 嘘だよね、沢田くん!

 あんなに楽しみにしていた祭りなのに、どうして……?

 もしかして、もう私嫌われたのかな……。

 目頭に溢れてきた涙で沢田くんの綺麗な顔が歪む。

 心が折れそうになったけど、私はギュッと唇を噛んでこらえた。



「私は、沢田くんと行きたいの! 沢田くんが来るまで、私……浴衣でずっと待ってるから!」



 啖呵たんかを切るように宣言して、私は教室を飛び出した。

 あれだけはっきり言ったんだから、沢田くんにも私の思いは伝わったはずだ。

 あとは沢田くんが来ることを祈るだけ……。



 走りながら溢れてくる涙をこする。すると、突然目の前に壁が現れた。

「⁉︎」

 どすん、とぶつかり、尻餅をつく。

「ん?」


 壁が振り向いた。それはなんと小野田くんだった。


「小野田くん……」

「あんたは沢田の──」


 小野田くんは眉間に皺を寄せ、凶暴な顔で黙り込む。

 沢田の、何よ。心の声が聞こえないんだからそこで止めないでよ。気になるじゃない!



「な、な、泣いているのかっ⁉︎ ま、まさか……」


 小野田くんはますます青筋いっぱいの恐ろしい顔で、やっぱり黙り込む。

 まさか、何よ。心の声が聞こえないんだから意味深なところで止めないでってばよ!


 もう、どいつもこいつも会話が下手か。イライラしちゃう。



「沢田と何かあったのか。いや、何かがあったとしても俺には関係ないけどな⁉︎ ああ、俺には全く関係ないから、事情とか説明するなよ? めんどくせえからな!」



 面倒くせえのはお前だよ。聞きたいなら聞きたいってはっきり言えや。


 あーこのままじゃ私、性格悪くなりそうだわ。

 どうしても聞きたそうにソワソワしている小野田くんを無視していくわけにもいかず、私は彼と一緒に帰りながら事情をかいつまんで説明した。


「なるほどな……。まったく沢田のやつ、何を考えてるんだか」


 お前もな。小野田くんの横顔はヤクザの鉄砲玉が体にダイナマイトを巻きつけていよいよ敵の組に突入しようとしているみたいに悲壮で、ただただ怖い。

 いつも小野田くんを怖がっている沢田くんの気持ちが初めて分かった。


 すると小野田くんが生肉を頬張るライオンのようにニヤリと笑いながら言った。



「よし、こんなことを聞いちまったら、沢田の幼なじみとしてほっとくわけにはいかねえな。沢田のことは、俺に任せろ!」






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