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第6話 沢田くんとハリセン


「ええっ⁉︎」

 私はギョッとした。小野田くんに任せるって?

 なんか、すっごく嫌な予感がする!


「どうするの、小野田くん?」

「そりゃあもちろん、沢田の首根っこを捕まえて白鳥橋の欄干に縛りつけるんだよ」


 私は欄干からロープで首を吊るされて、てるてる坊主みたいにブラーンと揺れている沢田くんを想像してしまった。


「いやああああ! やめて、怖いから!!」

「ハッハッハ! 遠慮すんなって。幼なじみとして当然のことをするだけだ」


 そんなの幼なじみのすることじゃないよ!!

 当然ってなに? マジで何言ってんのこの人、怖いよーーーっ!!!

 どうしよう、明日が沢田くんの命日になっちゃうかもしれない……!



「き、気持ちは嬉しいけど、私は沢田くんが来るって信じてるから……! 小野田くんは無茶しないで大丈夫だよ。ありがとう」

 私はぎこちなく笑って牽制した。

 すると小野田くんは鼻の頭まで赤くなり、



「……ば、バカやろう! あ、あ、ありがとうとか、余計なことを言ってんじゃねえよ! 俺は、女を泣かすような野郎が気に入らねえからヤキを入れてえだけだからな! 沢田のためを思って、とかそんなんじゃねえからなっ!!」



 とやけに嬉しそうに口から泡を飛ばした。

 やばい。なんか妙なスイッチが入ってるよ!


「まあ、あいつと俺は幼なじみだからな。仕方ねえな、幼なじみだから」


 小野田くんは肉食恐竜みたいな笑みを浮かべてブツブツとつぶやく。

 ただ幼なじみって言いたいだけじゃないの?



 そんな疑惑が持ち上がってきた、その時だった。



「おう、オメエは薬師寺高の小野田じゃねえかコラア!」


 謎のヤンキー集団が突然私たちの前に現れた。


 まともな髪型をしている人が一人もいない、着崩した学ランにくわえタバコのいかにもって感じの恐ろしい集団だ。


「女とイチャついて歩いてんじゃねえぞコラア! 俺らに挨拶ねえのかコラア! やんのかコラア! ここで会ったが百年目だコラア!」

「やべえ、前工の奴らだ」


 小野田くんが小声で舌打ちをした。どうやら因縁のある他校生のようだ。


「あいつらは俺が引きつけるから、とりあえず今は逃げろ、沢田の……!」


 ……だから、沢田の何やねん!!

 ってツッコミをしている場合じゃない。

「大丈夫⁉︎ 小野田くん!」

「心配するな。沢田のことも、必ず俺がなんとかするから!」



 いや、なんとかしなくて結構なんですが!

 むしろその件から手を引いてーーっ!!



 私の心の叫びを引き裂くように小野田くんは走り出し、不良たちがその後を追いかけ始めた。

 遠ざかっていく不良たちの怒号が聞こえる。


「逃げんじゃねえよ小野田コラア!」



 ああ、どうしよう。

 本当に大丈夫かな、小野田くん⁉︎ いろんな意味で不安だよ!!

 沢田くんは行けないって言ってるし、その沢田くんを小野田くんは力ずくで連れていく気だし、その小野田くんを不良が追ってるし……。



 いったいどうなっちゃうんだろう、明日の花火まつり。



 ◇



 それから20分後、沢田家では。


「……ただいま」

 沢田空は、暗い顔で帰宅したことを誰にともなくボソッと告げた。

 いつもは返事がなく静まりかえっているのだが、今日は珍しくリビングの方からひょっこり空の母が顔を出す。


「あら、おかえり空。テストどうだった?」

「あ……うん」

「あ、うん。って、お前は金剛力士像か!」


 母は「ほほほ」と笑いながら空の頭をハリセンで張り飛ばした。

 空は表情を変えずに頭を押さえた。

「あっ、ごめんね空。つい昔のクセが出ちゃって」


 そう言って微笑む空の母は、かつて宝塚歌劇団宙組そらぐみのトップスターで五年間活躍し、あまりの美しさに皆が女王と呼んで平伏すほどの大女優だったのだが、今は演劇の世界から引退し、近所の飲食店でアルバイトをしている。子供の頃からウェイトレスをやるのが夢だったのだそうだ。


 ちなみにハリセンを肌身離さず持っているのは、母が関西出身だかららしい。

 どんな小さなボケにも突っ込んでくるので、空は昔から母のことを恐れていた。空が極端に口数のない子に成長してしまったのは、確実に母からのハリセンを恐れた結果だと思われる。


「それより、こっち来て! 見てみて、ほらーっ」

 母はそんなことを知ってか知らずか小娘のようにはしゃいで、空と無理やり腕組みをしてリビングに引っ張った。


「何……」

「ジャジャーン!」


 そこにはリビングの1/3を占める大きさの巨大なクリスマスツリーが飾られていた。


「なんで……」

「やあねえ、明日は七夕でしょ? 七夕飾り、一人で飾るの大変だったんだからー!」

「いや、でも……」

 これはどう見てもクリスマスツリーだろうと言いかけた空だが、よく見るとモミの枝に短冊がぶら下がっている。


「空も書く? 短冊。いいわよ、遠慮なく書いて飾りなさい!」

 母がキラキラした瞳でマジックペンと短冊を渡すので、空は黙って受け入れた。


 母がはしゃぐのも無理はない。


「いよいよ明日ねーっ! お父さんが帰ってくるの!」

「……うん」


 それは、二日前のことだった。

 カムチャッカ半島あたりで消息を絶っていた父から、突然の「帰る」コールがあった。吟遊詩人をしている父が帰ってくるのは、実に四年ぶりのことだった。


「まったく、彦星だって一年に一回は織姫に会いにくるっていうのに、あの人ったら四年ぶりよ! こ○亀の日暮熟睡男ひぐらしねるおか!」


 母のハリセンが空の頭でスパーン! と炸裂した。

 平成生まれの空には訳のわからないツッコミだったが、母はそんなこと気にしない。


「というわけで、明日は家族3人水入らずで七夕を楽しみましょうね、空!」



 ──明日の6時、枇杷島びわじまの白鳥橋の上で待ってるから。

 ──来てくれるよね、沢田くん。



 空の脳裏に、涙を浮かべた佐藤景子の顔が蘇る。嬉しそうにはしゃぐ母の顔がそこに重なる。




「………………」

「なんか言わんかいっ!」



 母のハリセンがスパーン! と目を閉じた空の頭で炸裂した。




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