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第8話 沢田くんとフランケン

 沢田空の家に着いた小野田は、緊張に震える手でチャイムを押した。


 ♪ピンポーン


「……はい」


 ドアを開けたのは空だった。彼はドアからそっと首だけを突き出し、不安そうに往来をキョロキョロ眺めてからドアを閉める。


 小野田はドキドキしながら、ドアの外の壁に張り付いていた。


「はあ、はあ……! くそっ、ピンポンの音にはどうしても緊張するぜ……!」


 小野田はチャイムが苦手だった。押した後、相手が出てくるまでの緊張感に耐えきれずにどうしても逃げ出してしまう。


 すまん、沢田。

 心の中で詫びながらドアに耳を張り付けて中の様子をうかがうと、空の母親の迷惑そうな声がした。


「ねえ、誰だった? 空。さっきから5回もピンポンダッシュされてるけど、お父さんじゃないわよね?」

「……わかんない。怖い」

「やあねえ。鍵かけておいて」

「うん」



 小野田の耳元で、ガチャッと内側の錠がかけられる音がした。



「オーーーノーーーーー!!!」


 小野田は頭を抱えてひざまずいた。


「大変だ、こんなことをしている間に6時になっちまう!」



 本当だよ。何してくれてんだよ小野田。

 そんな佐藤景子のツッコミが聞こえてきそうである。



 仕方なく、小野田は沢田家の敷地の周りをウロウロした。すると、でかいクリスマスツリーが飾られたリビングの窓を発見した。

 そこには呪いのようにたくさんの短冊がぶら下がっていた。

 ちょっと視線をずらすと、まだ短冊を書こうとしている空がいる。


「遠慮なく書きなさいとは言ったけど、ちょっと書きすぎじゃないの? 昨日からもう250枚も書いてるじゃない」

「待って。……これで最後……」


 ペンを机に置いた沢田が小野田のいる窓の近くまでやってきて、キラキラした瞳でもみの木の葉に短冊をぶら下げる。


 何やってんだよ、沢田。

 お前はこんなことをしている場合じゃねえだろ⁉︎ (←お前もな!!by景子)



 白鳥橋で沢田が来るのを今か今かと待ち侘びている佐藤景子を想像すると、小野田はやるせない気持ちになった。



「おい、沢田!!」



 小野田は思わず窓から顔を見せて叫んだ。


「……⁉︎」


 空がギョッとした顔で小野田を見る。

 今だけ、特別に空の心の声をちょっとだけ復活させてみよう。



【ぎゃああああああ〜〜〜!! フランケンシュタインが出たあああああ!!!((((;゚Д゚)))))))】



 徹夜の上、12時間死んだように眠っていた小野田の顔は恐ろしくむくんでおり、いつもの三割り増しで怖かったようである。



「何やってんだよ、沢田! お前」


 シャッ。

 恐ろしい顔と声にびびった空は、カーテンを閉じてしまった。


「クッソー! 開けろコラァ!」

 窓の外からは悔しそうな声がする。


「どうしたの? 今の、誰の声?」

「分かんない。怖い」


 そう言った後で、もしかしたらさっきの人はあの怖い人かも、と小野田のことに思い至った空だったが、やっぱり怖いから見なかったことにしようと無視を決める。



 その時、二種類の着信音がリビングの中に響いた。

「あっ、お父さんだわ! はい、もしもし♪」

 一本目は沢田母のスマホだ。相手は父だろう。


 もう一本は空のスマホだった。今日は七夕だからと無理やり着せられた浴衣の袖の中で鳴っている。誰にも番号を教えていないのに、着信音が出たことにびびってしまう。相手の番号ももちろん知らない数字の羅列だった。



「……もしもし」

 おそるおそる出てみると、相手は言った。


「沢田⁉︎ 俺、森島! 緊急だって言って先生からこの番号教えてもらったんだ」


 電話の向こうから切羽詰まった森島の声がした。相手が分かって空は少しだけホッとする。


「そんなことより大変だぞ、沢田! さっき、駅で景子ちゃん見かけたんだけど、なんか危なそうな変質者っぽい奴に話しかけられてて、そのまま二人でどっか行っちゃったんだよ!」


「えっ……⁉︎」

 空はスマホを落としそうになった。


「さ、さ、佐藤さんが⁉︎ それで……⁉︎」

「あっ、悪い! 今逆ナン受けてて忙しいんだ。じゃあまたな!」


 森島は用件だけ言ってあっさりと電話を切ってしまった。

「森島くん!」

 空の耳に通話切れの音が虚しく響く。


 佐藤さんが変質者にさらわれた。

 わかったのはそれだけだ。空は居ても立っても居られなくなり、スマホと財布を掴んで廊下に飛び出した。


「ちょっと、空! どこに行くのっ? お父さん、駅で迷子になっちゃったんだけど、もうすぐ家に帰るって! 空の友達と偶然会って、家まで案内してもらってるそうよ。って、聞いてないやないかーい!」


 母を無視して玄関で靴をはく空の頭に、スパーン! とハリセンが飛んだ。


「行かなくちゃ」


 振り向いた空はシリアスな顔をしていた。


「ごめん、母ちゃん。父ちゃんにもごめんって言っておいて。俺には、どうしても行かなくちゃいけないところがあるんだ」


 急にスラスラと長文をしゃべりだした息子を見て、母は呆気に取られた。



「佐藤さんがピンチなんだ! だから……ごめん!!」









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