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第33話

「どうぞ、お入りになって」

 ジャスティーナはロレッタを自室に招くと椅子を勧めた。

「ありがとうございます……」

 緊張気味にロレッタが席に着く。

 早速、ジャスティーナは二人分のティーカップにお茶を淹れ、丸テーブルの上に置く。皿の上に並ぶのは実家から送られてきた焼き菓子だ。

「お口に合うと嬉しいんですけど。よろしければどうぞ」

「は、はい」

 ロレッタがゆっくりティーカップに手を伸ばすのを見て、ジャスティーナもカップに口をつける。茶葉の良い香りが鼻腔をかすめ、ホッとした気持ちになった。一口サイズの焼き菓子も程よい甘さで、さらに心が満たされる。

(あら、このお菓子とても美味しい。さすが王都で有名な店の品ね。ああ、何だか久々に私もお菓子を作りたくなってみたわ)

 など思いながらふと視線を上げると、ロレッタが俯いたままでいることに気づく。

「あ、もしかしてお口に合いませんでした?」

「い、いいえっ。とても美味しいです」


(今更だけど、もしかしてお茶の席に招いたのは迷惑だった……?)


 ジャスティーナは急に不安になった。

 確かに少しはしゃぎすぎたかもしれない。クラスメイトが一日の授業後、時々お茶会を開いているのは知っていたが、ジャスティーナは闇の力の制御と自分の魔力強化のため授業後は図書室に通うという日々を送っており、いつしかお茶会に声をかけられることがなくなっていた。

 全て自分の行動が招いた結果なのでこの状況を受け入れてはいた。教室では特にクラスメイトから避けられている雰囲気は感じないので、皆、ジャスティーナは毎日図書室で勉強をするのが日課、という風に捉えているだけなのだろう。それはありがたかったのだが、少し寂しい。

 だからロレッタをお茶に誘った時は少し、いやかなり一人で舞い上がってしまったのかもしれない。彼女は断れなくて、渋々ついて来ただけなのだとしたら。

 とても申し訳ないことをしてしまった。


「ごめんなさい……!」

「も、申し訳ありませんでした‼」


 重なった二人の声が部屋中に響く。

「え……?」

 ジャスティーナがきょとんとしてロレッタを見ると、彼女も同じような表情でこちらを見返している。

 少しの沈黙のあと、またしても「あの……」と二人同時に同じ言葉が出る。

「えっと、その……ロレッタ様からどうぞ」

「いいえ、ジャスティーナ様から……」

 もどかしい譲り合いの結果、ジャスティーナは意を決して口を開いた。


「急にお茶にお誘いしてごめんなさい。私、嬉しくてはしゃいでしまって。ロレッタ様のご迷惑になるなんて考えもしなくて」

「迷惑……? と、とんでもないです。誘っていただいて、とても嬉しかったです……!」

「そ、そうなんですか? ずっと固まったままのご様子だったので、ご迷惑だったのではと……」

「いえ、こうしてどなたかとお茶をするのは初めてで緊張してしまって……特にあなたのような大貴族のご令嬢と同席など、おこがましいといいますか……。でも、それよりもどうやって許しを乞おうか考えていまして」


 ロレッタは姿勢を正すと、丁寧に頭を下げた。

「これまでの非礼な態度、どうかお許しください」

「え?」

「これまで幾度も助けていただいたのに、不躾な態度でジャスティーナ様に不快な思いをさせてしましました。申し訳ありません」

「そんな、不快な思いだなんて感じたことはありませんよ。私が一方的すぎて、あなたの気を悪くしたと反省していましたもの」

「いいえ、それは誤解です。でも、そう思わせてしまったのは私の言動が原因なので……。本当は、気にかけていただいたり助けていただいたりして、とても嬉しかったんです。ジャスティーナ様からは貴族特有の威圧感を感じたことがなかったので、お優しい方だということはわかっていました。ですが、どうしても心を開くことができなくて……」

 ジャスティーナはこれまでのロレッタの言葉を思い出した。

(貴族は信用できない、と言っていたけど、きっとここに入学するまでいろいろご苦労なさったのね)


 なぜ同じ貴族であるロレッタから『貴族を信用していない』発言が出るのか不思議だったが、先ほど森で彼女から聞いた話であらかた想像は出来る。


(ロレッタ様は平民として暮らしていたけど、お母様がお亡くなりになったことでエイマーズ伯爵に引き取られた……。きっと慣れない生活で、大変な思いをされたんだわ。貴族を信用できないと思うほどに。そういえばライナスも以前、『ロレッタは生活環境が変わって辛い思いをしている』って言っていたけど、きっとこのことなのね)

 平民だったロレッタと貴族であるライナスがいつ頃から接点を持っていたのかは不明だが、根掘り葉掘り聞くのはデリカシーに欠ける。本人が話したいと言うまで待とう。


「ロレッタ様。先ほど、私を大貴族の令嬢と言いましたが、それは私がたまたまその家に生まれただけで、私自身が築いた地位ではありません。そんなに臆さないでください。ここでは身分や階級の差など、関係ありませんわ。ここは自由と平等の学び舎だと、以前ヒューバート殿下がおっしゃっていました。王族の方がそうお考えなのだから、私達も気にすることはないと思います。私はあなたとお話したいとずっと思っていました」

 ロレッタが驚いたように見つめてくる。ジャスティーナは優しく微笑んで、話題を変えることにした。


「もしよろしければ、魔獣研究についてお聞きしたいのですけど、魔獣研究の本は母方のお祖父様の物だったと伺いましたが、代々研究をするご家系なのですか?……あ、もちろん、お話したくなければ結構ですので」

 ロレッタはしばらく膝の上の麻袋を見つめた。

「……ジャスティーナ様はどうして、それにご興味をお持ちなのですか?」

「ええと……」

 実は前世が魔王で魔獣についてとても興味がある、ヴィムのような竜がどのように伝承されているかも気になる。それにもしかしたら、ロレッタの先祖は魔族と関りがあったのではないか。もしそうなら、話を聞くうちに、まだ思い出せていない記憶を取り戻すきっかけを掴めるのではないか──などと言えるわけもなく。

「……魔獣を見たことがありませんので、こう言っては失礼かもしれませんが、興味があります」

「そんな風に、肯定的に受け入れてくださったのはジャスティーナ様が初めてです。大抵の人には気味悪がられますから」

 ロレッタはジャスティーナを見て、少し笑みを浮かべた。



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