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第45話

 ジャスティーナは緊張した面持ちでハッと辺りを見渡した。


 急いで手のひらに再び闇の炎を灯す。しかし、他に誰かいるはずもなく、先ほどと変わらない石造りの殺風景な空間があるだけだ。


(今の声って……)


 ジャスティーナはルシアンにヴィムを初めて紹介した日のことを思い出した。

 森の中に少し開けた、緩やかな丘のような場所を偶然見つけたことを。


 なぜかそこだけ空気が澄んでいて、神聖な所のように感じた。そして足元に埋められた楕円形の石に触れた途端、『わたくしはこの身を呈してあなた様をお守りしたのに、なぜこのような酷い仕打ちを……!』と若い女性の悲痛な叫び声が頭に流れ込んできた。


(あの時に聞いた声と同じだわ)


 だが、前回と明らかに違う点がある。あの時は石に触れたことで例の声が頭に響いてきたが、今回ジャスティーナはどこにも触れていない。しかも、頭に流れ込んできたのではなく、直接耳で聞いたのだ。


(以前より声が近くから聞こえてきた感じがするわ……かつてこの付近に誰かいたのかしら?)

 炎を前方にかざして壁に近づく。壁に沿ってゆっくりと歩きながら見ていくと、ある違和感に気づいた。奥の壁の一部が周囲の石とは種類が異なるのだ。


 その前に立ってみると、手のひらに灯した闇の炎がふわりと大きく揺れる。


(風の流れがこの奥から……?)


 注意深く見ると石の積み方に統一性がないのか、所々に隙間がある。

 ジャスティーナは手が入りそうな隙間を見つけ、勇気を出してその中に手を入れてみた。

 石とは違う感触の物が指先に当たる。


(……これは木材?)


 乱雑に積まれた石の壁の奥に木材らしきものがある。


(もしかして、木の扉にみたいな物がある? それをわざわざこの石で塞いでいるとしたら……)

 この奥には一体何があるのか。そして、聞こえてきた声との関連性は。


(確かめなきゃ……)

 ジャスティーナはこれらの石を取り除けるか試みようと手を伸ばしたが、すぐに我を取り戻した。

(いけない、今はそれどころじゃなかったわ! 早くロレッタと合流しなきゃ!)


 一旦自室へ戻るため、慌てて転移魔法を展開した。



(ジャスティーナ様、大丈夫かな……)


 その頃、ロレッタは試験会場である学舎裏手の屋外の演習場で、ジャスティーナが現れるのを待っていた。


 まもなく実技試験開始時刻となるため、生徒たちが続々と集まっている。

 皆、ペアで固まり、最終確認をしたり談笑したりしている。

 ロレッタは一人でいることが心細くなり、演習場の隅へと移動した。

 手元の手紙を開き、読み返す。


『ロレッタ、走り書きでごめんなさい。実はちょっと立ち眩みがしたので念のため医務室へ寄ります。お願いがあるの。私のことは気にせず、ロレッタは先に会場に向かってください。点呼の時に二人ともいないのでは、先生の心象も悪くなるでしょうから。万が一遅れるようなことがあっても、医務室の先生を通して伝えてもらうから、心配しないで。今日はベストを尽くして頑張りましょう! ジャスティーナ・ラングトン』


 その言葉通り、慌てて書かれたであろう少し崩れた文字が手紙の上に並んでいる。


 今朝、ロレッタは部屋でジャスティーナを待っていた。部屋のドアがノックされ出ると、そこにはジャスティーナではなく、顔見知り程度の女子生徒が立っていた。


『いきなりごめんなさい。これをあなたに渡すように言われて』

 そして差し出されたのが手元の手紙だ。

 では私は急ぐから、とその女子生徒は立ち去っていった。


 手紙を読んだロレッタは医務室へ向かおうか迷った。しかし、ジャスティーナの『お願い』を聞かないわけにはいかない。確かに点呼時に二人ともいないと教師からどう思われるか、ロレッタも不安だった。


(ジャスティーナ様の言う通り、先に会場に行こう)

 こうしてロレッタは相方が現れるのを今か今かと待っていたのだが。


 なかなかジャスティーナが来ないことに心配を募らせていた。

(ジャスティーナ様、やっぱり具合が良くなかったのかな……。今日までずっと私の特訓に付き合わせてしまってお疲れになったんじゃ……だとしたら私のせいだ……!)


 今朝も一緒に朝食を摂った時は特に具合が悪いようには感じられなかった。自分に心配をかけないように無理を装っていたのではないだろうか。


 ロレッタの心は重くなっていく。その時、ちょうど目の前をとある女子生徒が横切った。手紙を届けてくれた人物だ。

 彼女ならこの手紙を託された時、ジャスティーナの具合がどのようだったかわかるかもしれない、とロレッタは声を掛けた。


「あの、お聞きしたいことがあるんですけど」

「……えっと、何かしら」

 ペアらしき相手と談笑していた女子生徒は急に話しかけてきたロレッタに一瞬戸惑ったが立ち止まってくれた。


「この手紙を渡された時、ジャスティーナ様はどんなご様子でした⁉」

「ジャスティーナ様……? いいえ、私が手紙を預かったのは違う人よ」

「えっ?」

 ロレッタは驚きで目を見開く。

「それは誰ですか⁉」

「ええと……あ、ほら。あそこにいるわ」

 辺りを見渡す女子生徒の目線が一点で止まった。ロレッタも急いで彼女の視線の先を追ったのだが。


「え……」

 その瞬間、ロレッタは絶句した。


 示された視線上に、こちらに薄ら笑いを向けるアデラの顔があった。その傍らには、同様の表情を浮かべたオーレリアとエノーラの姿も。


「あの、もういいかしら」

 急に固まってしまったロレッタを不思議そうに見ながら、女子生徒は口を開いた。

「あ……はい。ありがとうございます……」

 女子生徒がその場から去り、ロレッタの視界に例の三人が映し出される。


(あの人たち……ジャスティーナ様に何をしたの?)

 彼女たちのあの表情。あれは何かを企んでいる時の顔で、ロレッタはこれまで何度もそれを見てきた。


 当時はただ怯えていただけだったが、今は違う。ロレッタの中で三人に対する負の感情が徐々に大きくなっていった。


 真っすぐ三人の前に進み、渡された手紙を突き出す。

「この偽の手紙はあなたたちの仕業ね……⁉」

「あらぁ、何のこと?」

 アデラが含み笑いをしながら、とぼけた声で答える一方。

「ちょっと、何よその口の利き方。あんた、誰に向かって言ってるの?」

 少しムッとした口調でオーレリアが睨みつける。


 しかし、ロレッタはそれを跳ね除けるように三人を見据えた。

「ジャスティーナ様に何かあったら許さないから……!」

「何のことかわからないけど、許さないって私たちをどうするの? あなたに何ができるのよ」

「そうよ、魔法の腕も大したことないくせに」

「あら、ジャスティーナ・ラングトンはまだ来てないのね。あなたと組むのに嫌気が差して、今日の試験を放棄したんじゃない? あの人も意外と薄情なのね。やっぱり貴族令嬢と庶子とじゃ、釣り合わないに決まっているわ。それなのに友人ごっこなんかして。あなた、あの人から面白がられてただけなんじゃないの?」

 三人は笑う。


 ロレッタは怒りで胸が押しつぶされそうになった。

「……確かに私は何をやってもだめでただの弱虫だったけど、ジャスティーナ様はそれを受け入れて一緒に頑張ろうと言ってくれたわ。それにジャスティーナ様は私の願いを聞いてくださった」

 この試合でライナスに成長した自分を見せたい。そのために特訓に付き合ってほしいと願い出ると快諾してくれた。


「そんなジャスティーナ様が私との約束を放棄するはずないわ……! それに、あの方を薄情だなんて侮辱するのは私が許さない……!」

「何よ、ただのお友達ごっこのくせに。……ああもう、そういう態度が生意気だって言ってるのよ!」

 三人に詰め寄ったロレッタだったが、イラついたアデラに強く肩を突き飛ばされた。

 その勢いで思わず後ろによろめく。


 その時、誰かがロレッタの両肩を支えた。

 ハッとして振り向くと。


「お待たせしてごめんなさいね、ロレッタ」


 そこには穏やかな笑みを湛えたジャスティーナの顔があった。


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