「ジャスティーナ様……!」
ロレッタは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにその表情は安堵の笑みに変わる。
ジャスティーナも微笑み返すと、少し頭を下げた。
「何とか開始時間に間に合ったけど、心配かけて本当に申し訳なかったわ」
「いいえっ、頭を上げてください。ジャスティーナ様は絶対に来るって信じてましたから……!」
「ありがとう。あら、その手にあるのは?」
「あ、実はこれを渡されて……」
ロレッタから例の手紙を受け取ったジャスティーナは、その内容にサッと目を通した。
(なるほど、これが偽の手紙ね)
「誰かが私の名前を騙って書いたようだけど」
「ご、ごめんなさい。私、てっきりジャスティーナ様からの手紙だと……」
自責の念からか、ロレッタの目にうっすらと涙が浮かぶ。
彼女がこれをジャスティーナ本人からの手紙だと疑わなかったのも無理もない。試験開始時間も迫ってたことに加え、彼女はジャスティーナの直筆を知らないのだ。
「誰だってあの状況ではこれが本物だと思ってしまうでしょうね。あなたが謝ることではないわ」
「でも、もっと早く私が気づいていたらジャスティーナ様を探しに行けたのに……どこかに閉じ込められていたとかではないですか⁉」
そう言いながら顔を曇らせるロレッタを見て、もしかしたら彼女は過去にこの三人から同様の嫌がらせを受けたのかもしれない、とジャスティーナは胸が苦しくなった。
ここで本当のことを言えば、ロレッタはますます心を痛めてしまうかもしれない。やはり黙っておくのが一番だ。
ジャスティーナは「いいえ」と首を横に振った。
「恥ずかしい話なのだけど、実は私の不注意で足の小指を家具の端に思いきりぶつけてしまって。なかなか痺れが引かなくて、それでしばらく部屋で休んでいたの。でも今はもうすっかり元通りに動けるから安心してね」
「そうだったんですか……それは大変でしたね。どうか無理しないでください」
咄嗟に出た嘘の内容が自分でも情けないと思ったが、ロレッタは信じたようだ。
「お気遣いありがとう。あ、そうだわ。今度あなたにちゃんと手紙を書くわね。それで私の字を知ってもらえるから」
「えっ、ジャスティーナ様からお手紙をいただけるのですか……?」
思いがけない提案に先ほどの涙目はどこかに吹き飛んでしまったようで、ロレッタは感激したように瞳を輝かせている。
「ええ、必ず」
「私もお返事を書きます……!」
「それは楽しみね。……ところで」
ジャスティーナは声を弾ませるロレッタに向けていた微笑みを維持したまま、今度は傍らで棒立ちになっている三人を見た。
「皆さん、どうなさったのですか? まるで幽霊でも見ているような顔をして」
感情のこもっていない美しい笑顔を向けられて、三人の顔が引きつる。
「私がここにいることが不思議とでも言いたそうですわね」
「そ、そんなことは……」
オーレリアが戸惑いの声を上げる横で、エノーラが「ちょっと、どういうこと……?」と指で彼女の腕をつついている。
「知らないわよ……! だってあの扉は内側のドアノブが壊れて外れていて、絶対中からは開かないことは確認済みだし……。それに念のため外側はその辺の調度品で塞いだじゃない……!」
「じゃあ、どうして……それに髪や服も濡れてないみたいだし……」
オーレリアとエノーラは混乱に陥っているようだ。
(内側から開けられない部屋に閉じ込めるなんて、なんて陰湿なことを)
ジャスティーナはため息をつく。
これ以上ここにいると、ますます気分が悪くなっていくようだ。
「もうすぐ試験が始まりますね。では、私たちはこれで」
ジャスティーナはロレッタの背中に優しく手を添えて、その場で踵を返した。
しかし一歩踏み出したところで、ふと振り返る。
「私のことが気に入らないなら卑怯な手は使わずに、その気持ちを直接ぶつけてくださって構いませんよ。もちろんこれから行われる実技試験の中でね。私も受け止められるよう精一杯頑張らせていただきますから」
そう言って再び微笑むと、三人の表情が一層固まった。
◇
時刻はまもなく正午過ぎ。
「──以上で、今回の能力実技試験は終了とする。評価については後日言い渡す。今日の結果を各自分析、反省し、これからも精進するよう」
演習場に設けられた壇上から、試験終了を告げる教師の声が響き渡る。教師陣が演習場から完全に姿を消した途端、一気に生徒たちの間から声が上がった。
それらに込められているのは、試験が終わった解放感、上手くいったことへの達成感などのさまざまな感情。逆にあまり良い結果が得られず落胆している者もいる。
「ジャスティーナ様、終わりましたね。お疲れ様です」
「ええ。ロレッタ、あなたも。とても頑張ったわね」
「はい……! ジャスティーナ様が私を見捨てず励ましてくださったおかげです」
二人は手を取り合い、互いの健闘を称える。
「……それにしても、オーレリアとエノーラがあんなに弱いとは知りませんでした」
「ええ……その点に関しては私も驚いたわ」
試験という名の下の模擬試合。その開始早々、ジャスティーナとロレッタは、オーレリア・エノーラ組に勝ったのだ。