(……私たちの技はそんなに高度なものではなかったけど)
ロレッタの魔力を安定させることが第一の課題で、それに時間を割いたためそこまで大掛かりな技を編み出す域までには達しなかった。
(でも、勝つことが出来て良かった。これでロレッタも自信を持ってくれるはずだわ)
今の力を精一杯出し尽くすことが出来たので、評価がどうであれ今日の結果には満足している。
ジャスティーナは自分たちの試合を思い返した。
まずロレッタが魔法で地面の土を掘り起こし、高く積み上げた。次にジャスティーナが風魔法で土を取り囲む。風は渦となり回転速度を上げることで、それらの土を粉々にして砂状にする。ざっくり言うと砂嵐のようなものだ。次第に威力を上げていき、そのままオーレリアとエノーラにぶつけた。
全身砂まみれになった二人は反撃しようとしたが、目を開ければ砂で目が痛いし、何か言おうものなら口に砂が入り込む。反撃しようとするも上手くいかず劣勢になり、そのままあっけなく勝敗がついたのだった。
そもそも最初からオーレリアとエノーラはあまり連携が取れていなかった。その穴を狙って簡単に崩されるとは思っていなかったのだろう。彼女たちは、ロレッタがジャスティーナの足を引っ張ると思い込んで、ろくに魔力の鍛錬もせず余裕で構えていたのかもしれない。
(それに、試合前に少し動揺させてしまったかしら)
絶対にあの地下室から出てくることは不可能なジャスティーナが、何事もなかったかのように現れた。しかもあんなに濡らしたのに、髪も制服も乾いた状態で。
あの二人の中で、ジャスティーナは何か得体の知れない者という認識が生まれたのかもしれない。
(まあ、あながち間違いではないけど)
ジャスティーナは自嘲気味に微笑む。
(私の印象を悪くしようと、このことを誰かに話すほど彼女たちも愚かではないだろうし)
そんなことをすれば、同時に自分たちの悪事も話さなくてはならなくなるからだ。
「ホッとしたら急にお腹が空いてきたわね」
「はい。緊張で朝食はほとんど喉を通らなかったんですけど、今はたくさん食べられそうなきがします」
周囲の生徒たちの足も、食堂へ向かっている。
ジャスティーナとロレッタも昼食のため移動することにした。
ちなみに、試験が終わった生徒たちは全員、教師から浄化魔法をかけてもらっている。
これにより試合中に被った身体の汚れが消え去り、清潔な状態に戻してもらえたことを生徒たちは喜んだ。
もしかしたら、この魔法に一番感謝の念を抱いたのはジャスティーナだったかもしれない。オーレリアたちの罠で試合前すでに汚れてしまい、頭から浴びせられた水で多少埃などは落ちたが、即席の合成魔法でどうにか全身を乾かしただけだったので、不快感は完全には拭えなかった。なので、この浄化魔法は本当にありがたかった。
「浄化魔法のおかげで、気持ちよく食事ができそうだわ」
「ええ、本当にそうですね。魔法って多岐に渡っていて、他の皆さんの活躍も素晴らしかったです。以前の私にとっては魔法は習得するのが大変で厄介なものだという認識しかなかったんですけど、今回訓練を重ねていく度に楽しくなりました。私、もっともっと上手く使えるようになりたいです」
ロレッタが目を輝かせながら言う。
「とてもいい顔になってるわよ、ロレッタ。以前と比べて自信に満ち溢れてる。これなら大大丈夫だと思うわ」
「大丈夫、というのは?」
「忘れたの? ライナスに話しかける勇気を持つために、今日まで自分を高めて頑張ってきたんでしょう?」
「あ……」
ロレッタの顔から笑みが消え、真剣な表情に変わる。
「……はい。そうですね。いえ、忘れてません。あんまりそのことを考えると試合に集中できなくなりそうで、今日はそのことをあんまり考えないようにしていたんですけど」
一瞬目を伏せたのち、ロレッタはすぐに視線を上げる。
「ジャスティーナ様と一緒に魔法の特訓が出来て、自分でも信じられないくらい成長して……前の自分より今の私の方が好きです。頑張ります……!」
「ええ。今のロレッタなら大丈夫」
自信を取り戻し笑顔になった友人に、ジャスティーナは心から応援の言葉を贈った。
◇
昼食後。
ロレッタは『今からライナス様を見つけて話してみようと思います』と一旦ジャスティーナのもとを離れていった。
一緒に行こうかと提案してみたが、『これは私が一人で乗り越えなければいけないことなので大丈夫です』と断られてしまった。ロレッタにしてみても、これ以上甘えるわけにはいかないと思ったのだろう。ジャスティーナはその気持ちを尊重することにした。こっそり尾行して様子を窺うこともやめた。
(あの三人に怯まず何か言い返していたようだったし、彼女はもう弱くないわ)
地下室から自室に戻ったあと、向かった演習場でロレッタを探していた時。遠くの方で彼女を見つけ駆け寄っていったが、一緒にいるのがアデラたちだと分かり、一瞬焦った。しかしロレッタは三人相手に一歩も引くことなく対峙しており、その堂々とした姿にジャスティーナは強くなった彼女の心を感じたのだ。
今日は特別に午後からは全教科が休講となっている。
(ロレッタが戻ってきそうな時間まで、もう一度あの地下室に行ってみようかしら)
周囲とは違う石で覆われた壁。その向こうには扉らしきものがあって、どこかに繋がっていそうだった。
聞こえてきたあの声も気になる。
だが、あの地下室は未知の領域で、危険性がまったくないとは断言できない。思いがけないトラブルに見舞われるかもしれないし、短時間で無事に戻れる保証もない。
(今の私の最優先事項はロレッタの戻りを待って、話を聞くことだわ)
地下室には夜にでも改めてこっそり訪れた方が良さそうだ。
その前にこの学院そのものについての知識、例えば旧学舎の使用期間に起きた出来事など、気になる情報があれば手に入れておくのもいいかもしれない。
ひとまず図書室で調べることにし、前に覚えた近道を通ることにした。
その道中にある建物の角を曲がった時。
「まさか、あんたたちがこんなに役立たずだとは思わなかったわ……!」
誰かの怒る声が聞こえてきた。
(この声は……アデラ様?)
角から少しだけ顔を出して覗いた視線の先に、アデラが背を向けて立っている。その正面にはオーレリアとエノーラが佇んでいた。
(何だか揉めてるみたい。これ以上あの人たちに関わりたくないわ)
向こうがこちらを認識していないうちに壁に身を隠し、来た道を戻ろうとしたのだが。
「そんなに怒らないでよ、アデラ。やっぱりターゲットはロレッタにしなきゃだめだったのよ」
オーレリアの言葉に、ジャスティーナは足を止めた。
またロレッタに何かしようとしているのなら、見過ごすことはできない。
「アデラの言う通り、私たち確かにあの女をあの場所に閉じ込めたのよ」
「そうよ。でもいつの間にか出てきて、何だか気味が悪いわ」
オーレリアとエノーラが口を揃えて言う。
あの女とは自分のことだと、ジャスティーナはすぐに理解した。
(そう。私を閉じ込める計画はアデラ様が考えたのね。しかも自分は何もせず、友人たちに実行を任せた)
ジャスティーナは、最初アデラは今回の件に無関係で、オーレリアとエノーラが勝手に行動を起こした可能性も考えていた。しかし、演習場に姿を見せた時、実は三人の中で一番驚いた顔をしていたのはアデラだった。彼女は他の二人と違って何も語らなかったが、この件に関与していることを知るには充分な表情だった。
受けた仕打ちに対するお礼は、試合中の技でしっかりと返した。でもそれはオーレリアとエノーラにだけ。
アデラにはまだ何も伝えていない。
「ふん。何が気味悪い、よ」
アデラの声が再び聞こえてくる。
「どうせどこか抜け道を見つけて出てきたに決まってるでしょ。それに試合にも負けて。ロレッタごときに手も足もでないなんて、本当に情けないんだから」
「情けないですって……? それは、ジャスティーナが上手くサポートしてたからよ」
すかさずオーレリアが反発した。だがアデラの苛立ちは収まらない。
「ただの言い訳ね」
「……何よ。偉そうに。アデラ……前から思ってたけど、あなたのそういうところ気に入らないわ」
「はあ?」
「ちょっと二人ともやめてよ」
アデラとオーレリアが対立し、エノーラがなだめている。
「もういいわ。今度はアデラが一人でやって。エノーラ、行きましょう。」
「え……うん」
そのままオーレリアとエノーラは反対方向へと立ち去ってしまったようだ。
「何よ、生意気な奴ばっかり……皆、許さないから」
一人になったアデラは呟く。
「……ロレッタも……私から〝おもちゃ〟を奪ったあの女……ジャスティーナも!」
「あら、私の名を呼びました?」
ジャスティーナが背後から急に声を掛けると、アデラは勢いよく飛び上がった。
「ひっ……な、何よ」
「あなたにお話があって探してましたの。それでちょうど名前を呼ばれたので、つい」
ジャスティーナはにっこりと笑った。
「手短にお話ししますわね」
そう言うと一歩進み、アデラの目を見据える。
「もうロレッタに手を出さないと約束してほしいんです。もちろん私に非がある場合は何を言ってきても構いませんわ。今度は誰の手も借りずに、ね」
アデラの顔がだんだん青ざめていく。計画の発端は自分だとバレて焦っているのだろうか。
「私は逃げも隠れもしませんし、その都度真摯に受け止めますから、穏便に話し合いで解決しましょう」
「あ……う……」
さらには、今日は特に寒いわけでもないのにアデラの歯がガチガチと音を立てて鳴り始めた。
(あら……アデラ様の様子が変だわ。忠告しただけなのに)
心配になったジャスティーナは首を傾げる。
「あの、どうかなさって──」
するとアデラは弾かれたように後退した。
「わ、わかったわよ……! こっちから願い下げだわ!」
「え……」
やけに素直な返答を残し大慌てで走り去っていくアデラを、ジャスティーナは呆然と見送った。