ジャスティーナは足早に図書室へと向かっていた。
それにしても、先ほどのアデラの様子には正直戸惑ったが、一応こちらの言いたいことは伝わったと解釈することにした。もし何かロレッタに仕掛けてくるようなら全力で守るし、矛先が再び自分に向かったとしても跳ね返せるだけの力はある。
「おーい、ジャスティーナ!」
後ろから声をかけられ振り返ると、こちらへ駆けてくるルシアンの姿が視界に入った。
「ちょうど君の後ろ姿が見えてさ。今一人? どこに行くんだ?」
「図書室へ調べ物をしに」
「俺も同行していいかな?」
「ええ、構わないわ」
ジャスティーナとルシアンは並んで廊下を進む。
「こうしてジャスティーナとゆっくり過ごすのは久しぶりだね」
「本当に。最近はお互いに実技試験前の準備で忙しかったもの」
「うん。その成果が充分発揮できたみたいだね。ジャスティーナたちの試合、とてもすごかったよ」
「ありがとう。でもそれを言うのなら、ルシアンの方がずっとすごいわ。あのヒューバード殿下を相手に互角に戦っていたもの」
そう、ルシアンの相手はこの国の第二王子、ヒューバードだったのだ。
誰もが対戦相手に王子を迎えることは出来れば避けたいと思うだろう。いくらここが平等の学び舎だといっても、ヒューバードはこの国の最高位に君臨する王族。万が一試合中にケガでもさせてしまったらと考えるだけで身がすくみ、技を出すことを躊躇してしまうかもしれない。そこで、王族に次ぐ地位である公爵家の息子が適任だと教師陣が気を回したとか、逆にヒューバードがルシアンを指名したとか、いろいろ噂が立ったこともあって、今回の試験で最も注目された一戦だった。
「いや、実際のところはかなりやばかったんだ。だって相手は幼少期から魔法の英才教育を受けている王族だからね。結局は負けてしまったし」
「でも、そんなに大差なかったように見えたわよ? もしかして王族相手だから少し手を抜いたの?」
「まさか。殿下はああ見えて、そういうのを一番嫌がるんだ。だからこっちも本気を出したよ。王族だろうと関係ない。いつかは完全にねじ伏せて、君のことを諦めさせるから」
「え?」
「いや、こっちの話。とにかくこれからも精進するよ。ところで、図書室で何を調べるんだ? せっかく試験も終わったばかりなんだから、少しゆっくりすればいいのに」
確かに、図書室へ続く廊下は静まり返っていて二人の他に誰もいない。
「それもそうなんだけど……」
ここで秘密の話をしても誰かに聞かれる心配はないし大丈夫だろうと、ジャスティーナは判断した。
「実は森の中で、不思議な声を聞いたの」
「森って、この学院を囲っている?」
「ええ。ルシアンに竜のヴィムを初めて紹介した場所から近いんだけど。少し開けていて丘のような場所があるの。ルシアンは知ってる?」
「いや、全く」
「そう……。そこの地面に大きな楕円形の石が埋められているんだけど、それに触れたら若い女性の声が頭に流れ込んできたの。……なぜこんな酷い仕打ちを、とか言っていたわ。何だか、とても悲しそうな声だった」
本当は先ほど地下室に閉じ込められた時にも同じ声を聞いたのだが、それは言わないでおくことにした。もし、なぜ廃墟に近い旧学舎の地下室にいたのかと問われたら、上手い言い訳で切り抜ける自信がない。大変な目に遭ったと本当のことを話して、ロレッタ同様ルシアンにも心配をかけたくない。
それに閉じ込められた件については一応けりがついたので、ジャスティーナにとっては既に終わった出来事なのだ。
「それで、図書室にこの学院のことが詳しく書かれている文献あれば、読んでみたいと思ったの。その声に関する何かが分かるかもしれないから」
「声か。……でも石が埋められているんだろう? もしかして墓石とか?」
「頭に流れ込んできたのは死者の声ってこと? 私も一瞬同じことを考えたんだけど、それは違うと思うわ。何だかその場所だけ空気が澄んでいて神聖な場所みたいに感じたの。だからといって断定は出来ないんだけど、もしかしたらそこにいた誰かの思念が残ってるんじゃないかって」
「うーん……」
ルシアンは少し黙ってしまった。突然こんな不明瞭な話題を振られて返答に困っているのかもしれない。
「ごめんなさい、変な話をしてしまって」
「いや……よく考えてみれば、俺もこの学院のことを詳しく知ってるわけじゃないんだよな。よし、俺も一緒に調べるよ」
「え、いいの?」
「ああ。何だかすごい秘密が出てきて面白そうだし」
ルシアンは屈託なく笑った。
「……ありがとう、ルシアン」
「礼を言われることじゃないよ。それに二人で調べた方が早いだろう?」
「それもそうなんだけど……私がお礼を言いたいのは声のことよ。ルシアンは信じてくれるのね。私の気のせいだとかは思わなかった?」
「思わないよ。それに君も俺がそんなことを言わないと分かっているから、打ち明けてくれたんだろう?」
「……ええ。その通りよ。あなたには敵わないわね」
ジャスティーナも微笑み返す。
そうしているうちに図書室に着いた。
「やっぱりほとんど人がいないわね」
普段から生徒が多く集まる場所ではないが、特に今日は片手で数えられる人数しかいない。
図書室の管理員から、この学院の創設と歴史に関する書物が置かれている棚を教えてもらい、そこから数冊取り出す。図鑑ほどではないが、そこそこ厚みがある。
「これを読み終わるのは骨が折れそうだな」
「本当ね……この時間では終わらないかもしれないわね」
ジャスティーナは誰もいない隅の方の席に着き、ルシアンがその隣に座った。
ページをめくり、本の内容を確認する。
魔法学院の理念や歴代院長の思想表明の文章が続いているばかりで、目的の項目が見つからない。
(この本ではなかったみたいね)
ジャスティーナは次の本に手を伸ばし、開いた。
こちらは先ほどの本とは内容が異なり、学院の歴史が書かれている。
しばらく読み進めていたジャスティーナだったが、ある一文が目に留まった。
【ダリウス魔法学院は、ウェリン神殿の跡地に建てられた】