夕食後――部屋に戻ると、アール君が眉をひそめて言った。
「エルバ様。パパ様はリリンゴがお好きだと仰っていましたが……本来、リリンゴは魔族の森の奥深く、ドラゴン族が守護する果実です。魔王様以外が口にするのは、極めて困難なはず。――それを、樽いっぱい召し上がっていたとは……どうやって手に入れられたのでしょう?」
――え? ドラゴン? 魔王様??
「アール君、まさか……魔族の森に、魔王様とドラゴンがいるの?」
「はい。魔族を統べる魔王様と、森の守護者であるドラゴン族。ほかにも、さまざまな魔物たちが住まう地です」
「ま、魔物まで⁉︎」
――えっ、本当なの? 魔王様とドラゴンなんて、まるでおとぎ話……って、そうか。ここは異世界だった。
魔物に魔族、そして魔王様。
アール君が言うなら、きっと本当のことなんだろう。……じゃあ、パパはどうやって、そんな恐ろしい森の奥で、リリンゴを手に入れていたの?
パパって、都市の人たちよりひと回り大きな体格で、休日になると朝から筋トレして、大きな斧を振り回してるけど――
――はっ! まさか……好物のリリンゴのために、魔族の森へ単身乗り込み、ドラゴンに勝負を挑んで、リリンゴを勝ち取ったとか!?
……食いしん坊のパパなら、ありえるかも。
だとしたら……ママよりパパのほうが、怒らせるとヤバいかも。ひゃ〜、パパもアール君もママも、絶対に怒らせないようにしなくちゃ。
「パパって、強いんだね」
「はい。とてもお強い方です」
――このとき、アール君がまるでパパを知っているかのように話していたことに、私はまだ気づいていなかった。
⭐︎
「エルバ、お風呂に入りなさい!」
「はーい。アール君、お風呂行ってくるね!」
「ごゆっくり、どうぞ」
私はお風呂に浸かりながら、ゆっくりと思案する。
パパの秘密も気になるけど、それよりも気がかりなのは――
品種改良されたリリンゴでは、博士から〈タネ〉がもらえないこと。原種の植物や果物でないとダメなんだ。
でも、野生のリリンゴは魔族の森の奥。ドラゴンを越えないと手に入らない……今の私には無理。でもいつか、パパとママが許してくれたら、アール君と一緒に探検に行ってみたいな。
……でも、その前に、“シシリアの大森林”の調査からかもしれない。あの魔法都市をぐるりと囲む、手つかずの大自然。
まだ見ぬ植物が、きっとたくさんある。エルバの畑も、レシピ帳も、調合スキルも、魔法も――
――やりたいことが、いっぱいだ!
⭐︎
「アール君、お風呂空いたよ〜」
ベッドで料理の本を読んでいたアール君に声をかける。
「ありがとうございます。では、行ってきます。……あ、エルバ様。髪はちゃんと乾かしてくださいね。風邪をひかれては困ります」
「わかってるって。ごゆっくり〜」
アール君が部屋を出たので、私はタオルで髪をチャチャッと拭いて、ベッドにごろんと転がる。
――さて、ずっと気になってた調理スキル。ちょっと確認してみよう。
「ステータス、オープン!」
目の前に、半透明のステータス画面が浮かび上がる。
――ふむふむ。レベルや攻撃力は変わってないけど……スキル欄に「調理Lv1」と「エルバのレシピ帳」が追加されてる!
これが博士が言ってたレシピ帳か。どうやって見るんだろ?
試しに、画面上の「レシピ帳」の文字をタッチしてみると――
ステータス画面がふっと消え、代わりに、分厚い図鑑のような本が宙に現れた。
表紙には、金の文字でこう書かれていた。
「エルバの調理レシピ帳」
私はベッドから起き上がり、その表紙にそっと指を添える。
すると、脳内にどこか明るく優しい声――博士に似た声が響いた。
〈エルバの調理レシピ帳へようこそ。このレシピ帳には、エルバ様が“エルバの畑”で収穫した植物を使って調理したレシピが記録されていきます〉
「へえ……畑で育てた植物だけが、記録されるんだ」
〈レシピ帳をタッチすると、ページがめくれます〉
なるほど、こういうことかな? わくわくしながら、そっとページを押すと――
ふわりとページが開き、「シュワシュワ」の作り方が現れた。
⭐︎
【シュワシュワの作り方】
まず、ピッチャーなどの容器に「水」または「魔法水」を適量注ぎます。
そこに“シュワシュワの実”を一粒入れれば――たちまち、シュワシュワ完成!
⭐︎
説明と一緒に、小さな妖精がピッチャーや実を紹介している、可愛らしい手描き風のイラストが添えられていた。
「わあ……絵が手描きみたいで、すっごく可愛い!」
〈お褒めいただき、ありがとうございます〉
……えっ、このイラスト、まさか……博士が描いたの!? すごすぎる……!