「アール君、行こう!」
「ええ、すぐに!」
私たちは姿消しのロープを羽織り、塔を見上げる。サタナス様がいるのは――この塔の最上階。見上げるだけで首が痛くなりそうな高さだ。
「ねぇアール君、ホウキでいきなり最上階まで飛んじゃう? それとも、入口を見つけて下から登る?」
悩みながら空を仰ぐ私に、アール君が静かに言った。
「では、僕がサーチ魔法で内部を確認いたしますね」
そう言って目を閉じ、アール君は集中する。サーチ魔法は、この世界で建物の内部構造や生命反応を調べられる、とても便利な魔法。
(いいなぁ……私も“植物サーチ”とかあれば、薬草とか食材とか一発で見つけられるのに!)
「ふうっ……サーチ完了です。エルバ様、この塔より奥の建物に複数の生命反応がありますが、僕たちの近くに人影はありません。塔の内部は、最上階まで石造りの螺旋階段です」
「中は階段かぁ~……アール君、ありがとう。周りに人がいないって……修理が行き届いてないのかな? このシュノーク城は、かなり古そうだし」
「そうですね。崩れた箇所を一から直していたら、きりがありません」
私は「そうだね」と頷き、ホウキを取り出す。どうやら空を飛んだ方が早そうだ。ホウキを構えると、アール君はひょいと私の肩に飛び乗った。
「行きましょう」
「うん! 最上階まで一気にね!」
「はい」
地面を蹴って空へ舞い上がる。塔の壁を沿うように上昇していく。さっきレンモンのシュワシュワで回復したおかげか、魔力の操作も軽やかで、すぐに最上階付近にたどり着いた。
「うーん。どこか、入れる場所が……あ、あった!」
月明かりが差し込む方角に、大きな窓を発見。そこから部屋の中へと滑り込む。塔の最上階は、どうやら広い一室になっていた。
私はホウキから降りて、歩き出そうとしたその時――
「エルバ様、ストップです!」
「へっ?」
アール君の制止が間に合わず、私はうっかり足を踏み出す。そして。
――カチッ。
床から微かに響いた音。瞬間、目の前に赤く光る魔法陣が浮かび上がる。
「な、なにこれ――」
矢が! 火の玉が! 私たちめがけて飛んできた!
「ぎゃあああっ!」
「【防御障壁】!」
アール君が即座に魔法を展開。透明なドームが私たちを包み、襲い来る矢と炎を見事に防いだ。
……こ、こわっ!!
私は驚きのあまり、変なポーズのまま固まってしまう。
そんな私の前に、アール君が肩からストンと地面へ飛び降り、きびきびと動きながら警戒を解かない。
「エルバ様、お怪我は?」
「う、うん……大丈夫。アール君のおかげで無傷だよ」
「よかった。この矢……“毒矢”ですね。香りからして、かなり強力なものです」
アール君は眉をひそめて部屋を見渡し、息を吐く。
「申し訳ありません。僕の落ち度です。この部屋には、外からの、魔法感知を妨げる結界が張られていました。先ほどの、サーチ魔法では見つけられませんでした」
「え……?」
その間にも、アール君は床や壁を目で追っている。
「なんという数……罠だらけですね。しかし、ご安心を」
そう言って、アール君は得意げに笑った。
「二度は失敗いたしません! こんな、子供だましの魔法感知封じと罠、僕には通用しませんから」
「わ、私も大丈夫だよ。……この毒矢に塗られてる香り、知ってる草の匂いだから……」
言ってから、自分の墓穴に気づく。
私を見るアール君の琥珀の瞳が、ぴくりと鋭くなった。
「毒が効かない? ふむふむ……つまりエルバ様は、この矢に塗られた、毒草を”口にされた”経験があるのですね」
「…………っ」
「後で、詳しく聞かせてもらいますから」
――やっば。墓穴ほった。
私の表情を見て、アール君は意味深に微笑む。そして。
「では、解除します」
右前足で床を軽く叩くと、部屋全体に赤黒い魔法陣が広がった。
「【解除】……この部屋に仕掛けられた全トラップ、無効化」
その瞬間、天井からゴトゴトと落ちてくる複数のハンマー。壁の隙間から飛び出す槍と鎌。そして――毒矢が全て床に落ち、最後に中央の床がズドンと抜け落ちた!
「うわああああっ!? 天井からハンマー!? 壁から武器!? さいごに落とし穴ぁ!?」
まさかのトラップコンボに目を剥く。
(ひぇ、アール君いなかったら……ニ度目の人生、終わってた……)
「これ、侵入者とか盗賊とかじゃなくて、虫とか動物まで皆殺しにする勢いだよ」
「ええ、どうやらサタナス様を、誰にも渡したくないようですね」
「……そうだ! サタナス様!」
辺りを見回すと――床の向こう、部屋の奥にうっすらと、巨大な鳥籠の影。
「ライト!」
アール君が魔法で部屋を照らすと、鳥籠の中に姿が現れる。長い黒髪の男性が、優雅にアンティークチェアに腰かけて、紅茶を飲んでいた。