時は深夜。シュノーク古城の塔の最上階にて、私はアール君とともに、魔王サタナス様に魔力を渡していた。
「魔王様、あの〜。……そろそろ終わりませんか?」
「フフフ……よき魔力だ。余の枯渇していた魔力が満ちてゆく……あと少しで良い」
サタナス様に魔力を、吸い取られている。背中のアール君も限界のようで、しがみ付く力が、さっきよりずっと弱くなっていた。
「……クゥ、これほど魔力が抜けるのは初めてですね。思った以上に……しんどいです」
――まずい。
「アール君、今すぐ床に降りて! このままだと、私が倒れた時にアール君を潰しちゃう!」
「それはできません! ……エルバ様だけが辛いなんて、嫌なんです!」
そう叫びながらも、アール君は背中からずり落ち、足にしがみついた。もう、お互い限界だったのだ。魔力が枯渇してきて、私の視界も、ぼんやりと霞んでいく。
「魔王サタナス様、まぶたが落ちます……限界です。あとは……任せました」
「サタナス様……僕も……限界です……部屋の遮音魔法も、そろそろ切れ……ます」
二人とも魔力を使い果たし、崩れるように眠りへ落ちていく――その身体を、ふわりと何かが受け止めた。
⭐︎
サタナスは、ふたりから受け取った魔力を掌に操りながら、崩れ落ちた二人の身体を優しく床に横たえた。そして、アマリアに気づかれぬよう部屋中に結界を張り巡らす。
次の瞬間、サタナスは三百年も自らを閉じ込めていた“憎き鳥籠”を、素手で――粉々に砕いた。足元に、バラバラと音を立てて砕け落ちる破片。その中心に立ち尽くし、サタナスは深く頷くと――腹の底から、笑った。
「ククク……フフッ、ハハハハッ! ようやくだ……! 余の枯れていた魔力が、完全に戻った。実に、ありがたい……!」
湧き上がる魔力の奔流。高揚する身体。彼はすぐさまアイテムボックスから“魔王契約書”を取り出し、指先で火を灯す。
契約書はパチパチと燃え、魔族文字で刻まれた“契約”が空中に浮かび、そして消えた。
「――うむ、これで良い」
この瞬間、サタナスは魔王ではなくなった。新たな魔王に、“サタナスの契約が消えた”という通知が届いたはずだ。
魔王としての時代は終わった。ただ、唯一の心残りがあるとすれば――
(あの日、あのキモワル聖女に邪魔されて、勇者との真っ向勝負が出来なかったことだな)
勇者が魔王を倒し、憎き魔王のいない平和となった世界。
『魔王サタナス……すまなかった。君との勝負の時、変態聖女ミサエラを止められなかった……』
あれが最後だった。老いた勇者がシュノーク城を訪れ、かつての戦場で語り合い、杯を交わした満月の夜。
人の生は儚い。キモワル聖女も消え、城は朽ち果て、余を見に来るのは、亡霊たちばかりとなった。
――このまま城と共に消えてもいい、そう思っていた。
だが三百年が経ち、キモワル聖女の血を引くらしい、少々頭のおかしな娘が現れた。
そして、余の名を言った。そのとき……あの娘の執念に、魔王である余が“恐怖”すら覚えたのだ。
「二度と、この城には戻るまい。魔王サタナスは、今宵をもって……消えたのだからな」
――ふむ、実に、身軽だ。
タスクの娘、エルバ。そして、余の元執事、今はアールか。余は二人を抱え、静かにシュノーク城をあとにした。